ロシアウォッチャーとして長年活躍され、最近は訳詞家となられた月出皎司(ひたちこうじ)さんとお逢いした時、「近年の歌は歌詞が何を言っているのかさっぱりわからない。」とおっしゃっていた。

最初は、よくわからなかったが、話を伺ううちにその理由がよくわかった。

 

 

 

月出さんの年代(戦中派)は、幼少期に文部省唱歌で育ち、西條八十や山田耕作、軍歌を挟んで古賀メロディーや服部良一などが続いたと思われる。

 

唱歌の「春が来た」を例に考えてみる。

この歌では、「はる」の「は」にアクセントがある。音階も「は」の方が「る」よりも高い。これは、春という言葉の標準語アクセントとメロディが一致していると言える。

それが、「山に来た」の部分では、「やま」の「ま」にアクセントがある。音階も「ま」の方が「や」よりも高い。こちらも山という言葉の標準語アクセントとメロディが一致している。

 

ところが、「四季の歌」(1963年)になると、出だしの「春を愛する人は」の「はる」は、「る」にアクセントがある。音階は、「は」と「る」が平行になっている。

これでは、「はるをあいするひとは」と聞いても、「春」のことを愛するのだとわかり難い。

 

こうした歌詞のアクセント違いがいつ頃から発生したのか、これからシリーズで探って行きたいと思っている。

暫くお付き合いいただければ、幸いだ。