嘗て渡辺プロダクション所属の歌手が新曲を出す時は、社長の渡辺晋のゴーサインが必要だった。
だから、毎週金曜日に行われる企画会議は、春やクリスマスシーズンなど新曲発表の多い時期には深夜に及ぶこともあった。
音楽ディレクターだった中島二千六が天地真理の「恋する夏の日」を企画した時の話だが...
夏の日の恋がテーマで、舞台は高原の別荘に隣接するテニスコート、朝もやがサーっと晴れたら、純白のテニスコートを着た白雪姫(天地真理)が現れるというイメージを中島は説明し、デモテープを流した。
すると、社長の渡辺晋が、「そのテニスコートだが、軽井沢かそれとも山中湖か?」と質問した。
中島が即座に「軽井沢です。」と答えると、「そうか、そうだろうな。」と頷いたので、シメタと思ったら、「だが、歌詞は一部やり直しだ。」と言われた。
社長が言うには、「このままの歌詞だと天地真理にボーイフレンドが実在していることになる。ファンは真理が恋人を募集していることを望んでいる。だから、テニスコートで待っているのは、憧れの人にしなさい。」とのことだった。
なんと、企画会議で、ファン心理まで言及されていた。渡辺晋は、こうした細かい心くばりができる社長だったというわけだ。
出典;野地秩嘉 「芸能ビジネスを創った男」 新潮社
ama