30年前のパリでペール・ラシェーズ墓地(Cimetière du Père-Lachaise)の入口付近で花束を抱えている日本人女性に声をかけられた。「日本人の方ですか?」と。
話を聞くと、エディット・ピアフのお墓を参りたいと言う。
私は、その姿形から、おもわず「シャンソン歌手の方ですか?」と訊き返していた。
それから時が過ぎて、2010年頃、あるシャンソンのお店に行く途中で若い女性に道を尋ねられた。
「私もちょうどその店に行くところだったので、一緒に参りましょう。」と私は答え、続けて「〇〇さんのファンでいらっしゃいますか?」と訊くと、出演すると言う。「あぁ、シャンソン歌手の方だったのですね?」とさらに問い詰めると、「シャンソン歌手というか...」と口籠った。
そして、教えてくれた。
今は、シャンソン歌手かどうかは、自分で名乗るかどうかだと。彼女は、自分で名乗るのには逡巡しているが、そんなことよりも人前で歌いたいんだと。
「シャンソンは歌うもの」という考え方は、いつ頃発生したのだろう? 少なくとも20世紀中は無かったが、15年前にはあった。
ただ、その考え方は、シャンソンファンの間にじわじわと浸潤して行き、現在に至ったに違いない。