ダリダ(Dalida)がデビューしたのは1956年で、翌年くらいから少しずつ売れ始めた。エキゾチックでゆったりしたテンポのシャンソンを歌っていた。
ところが、1960年になると、突然イエイエ・ブームが到来する。リズミカルなポップスの旋風に巻き込まれてしまう。当時、Salut les copains という小冊子があったが、ダリダはもちろん掲載されることは無かった。イエイエ3人娘のシルヴィ・ヴァルタン、フランソワーズ・アルディ、シェイラは、彼女より10歳以上若かった。
では、ダリダはどうやってイエイエの時代を生き延びたのか?
それは、アダモ、クリストフ、エルヴェ・ヴィラール、エンリコ・マシアスなどと一緒に劇場で地道に歌謡ショーをやるという作戦だった。10代の若者には受けなかったが、大人の世代にファン層を広げて行った。
そして、自分の歌がイエイエと同じように内容に乏しかったことから、違いを出すために詩的な歌詞のシャンソンを歌い始めた。
レオ・フェレの Avec le temps(時の流れに)、そして、セルジュ・ラマの Je suis malade(灰色の途)を歌った。
本物志向のファンは、黙っていなかった。
この2曲で完全にイエイエを凌駕し、本格的な歌手活動を続けることができた。