1950年、西條八十は「やまのかなたに」という映画の主題歌を依頼され、新東宝の撮影スタジオへ打ち合わせに出掛けた。帰る途中に友人の柳谷金語楼が主演の「向こう三軒両隣り」の撮影現場を通りかかった。
ちょうど休憩時間で、セットの隅に小学生くらいの女の子が腰をかけていた。
「お嬢ちゃん、金五郎劇団の子かい?」と声をかけるとにっこりと笑った。そして、その娘が、
「私、これでもコロビムアの専属歌手よ。」と言うので、八十は漸くその素性がわかった。
「ああ、君が...」
それは、当時天才少女と言われていた美空ひばりだった。
「君は、ひばりちゃんだね。僕はコロムビアの専属作詞家で西條と言います。よろしく。」
「あ、西條先生。気がつかなくてごめんなさい。」
ずいぶん、大人びた物言いだった。
そこへ、小柄で色黒の女性が近づいて来て、ひばりに「ジュース、買ってきたわよ。」と言った。
ステージママと呼ばれた加藤喜美枝。ひばりの母親だった。