西條八十は日中・太平洋戦争中、軍歌を書いた。それによって国民が戦争に扇動されたという主張は、私は敢えて反論しない。ただし、そのことによって西條のすべての作品を否定することに対しては異論がある。

西條は、その時その時に国民が望んでいることを歌詞にしたのであり、戦時下で軍歌を書いたのは当然の成り行きだった気がする。

 

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「同期の桜」という歌があるが、「貴様と俺とは同期の桜、同じ兵学校の庭に咲く」というのは西條っぽくないなと思って調べたら、「君と僕とは二輪の桜、積んだ土嚢の陰に咲く」という詩を海軍兵学校の学生が替え歌にしたものだった。

「比島決戦の歌」では、「いざ来いニミッツ、マッカーサー、出てくりゃ地獄へ逆落とし」という歌詞があるが、あれは西條が「レイテは地獄の三丁目、出てくりゃ地獄へ逆落とし」という歌詞を参謀本部の将校たちが勝手に書き換えたものだった。この歌詞については、西條はGHQの尋問を受けている。

軍部などというものは、およそ洒落のわからない、頑なでマジな輩が多く、そんな奴らが手直しして良い歌詞になるはずはない。文化の存在しない世界に歌も詩も生きられない。