数々のヒット曲をこの世の送り出した、CBSソニーのプロデューサー・酒井政利は、作詞家が書いた「私小説」風の歌を山口百恵に唄わせた。

それは、阿久悠が作詞・プロデュースをした所謂「物語」風の歌を桜田淳子に唄わせたのとは対照的だった。

 

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デビューから3年ほどは千家和也が作詞していて、「青い性」と呼ばれる赤裸々過ぎるのではないかと思われる歌がリリースされていた。それを山口百恵が淡々と歌う姿は、大人に歌わされている感じがして少し痛々しかった。つまり、「私小説」からは程遠かった。

 

ところが、阿木燿子という当時新鋭の作詞家が登場し、自らの実家があり、かつ百恵が少女時代を過ごした街を描いた「横須賀ストーリー」を作ったことで状況は一変する。

山口百恵という等身大の少女が自分のストーリーを歌うという印象をリスナーに与え(実際には自分で作った歌でもなければ、実際にあったエピソードを取材して作ったわけでもなく、フィクションに過ぎないのだが)、一気に「私小説」風ソングが完成してしまったのだ。

 

 

こんな素晴らしいマッチングを思い付いたのは、「スモーキングブギ」のころから宇崎竜童に目をつけていた川瀬泰雄だった。デビュー当時からの千家和也(作詞)・都倉俊一(作曲)のコンビは、既にマンネリ化し始めており、酒井もそろそろ変え時と判断したと言う。