Le temps des cerises(さくらんぼの実る頃)の歌詞は2通りあることをご存知でしょうか?

歌い出しの箇所で比べてみると...

 

Quand nous en serons au temps des cerises

私たちにさくらんぼの季節が来る頃には

Quand nous chantrons le temps des cerises

私たちがさくらんぼの季節を歌う頃には

 

 

ジャンバティスト・クレマンが1866年に作詞した時には、さくらんぼの実る季節を歌った恋愛がテーマのシャンソンでした。

ところが、1871年にパリ・コミューンが樹立され、軍との激しい市街戦が繰り広げられる中、コミューンの立て籠もるバリケードにさくらんぼのかごを携えた看護師ルイーズが現れました。ルイーズは危険をかえりみずに負傷者の手当にあたりましたが、戦闘に巻き込まれて亡くなってしまいます。その後、コミューンは崩壊し弾圧が始まり、参加者が多数虐殺されました(血の一週間)。犠牲者を悼む思いを込め、政府に批判的なパリ市民がしきりに唄ったことで、このシャンソンは有名になりました。

その後、作詞者のクレマンがルイーズに捧げる歌として新たな歌詞を作り、恋の歌からコミューン参加者への追悼の歌へと変わって行ったのです。

 

最初の歌詞でレコーディングしているのは、コラ・ヴォケールやムルージなど少数派で、ティノ・ロッシ、シャルル・トレネ、イヴ・モンタン、ジュリエット・グレコなどは2つ目の歌詞で唄っています。

加藤登紀子がジブリ映画「紅の豚」で歌ったのも2つ目の歌詞でした。