バルバラの歌は、いろんな悲しみや忘れたい記憶が込められている歌詞が多いのですが、非常にシンプルで可愛らしい曲に"Ce matin-là"(「今朝」と訳されることが多いですが、直訳すると「その日の朝」です。)があります。

 

 

 一昨日、あるシャンソン歌手の方から、フランス語原詞の以下の箇所について質問を受けました。

 

 Tant pis pour moi, le loup n'y était pas.

 

 直訳すると、

 狼がそこ(森)にはいなかったのは、私にとって残念だったわ。

 

 この「狼」は、森にいる本物の狼なのか? あるいは、「誘惑してくる男」のことを比喩的に言っているのか? が、疑問とのことでした。

 

 ひっかかるのは、Tant pis pour moi(私には残念だわ)という箇所です。狼がいなかったことは、幸運なことで、それが残念だというのは、わかりにくいです。フランス独特のアイロニーを効かせたジョークとも捉えることはできます。「狼がいなくて、スリルがなくて、残念だったわ。」と。

 

 でも、もう少し深読みすると、pour moi(私にとって)残念だったということは、pour toi(あなたにとって)良かったこと、となります。つまり、誘惑してくる男がいなくて、あなたは良かったわよね、私は残念だったけど、と読めます。こういうコケティッシュな若い女性の微妙な心理と相手の男性との駆け引きを描いているように思われます。

 「森で狼」という赤ずきんちゃん的なファンタジーな情景を用いながら、他の男を示唆するというレトリックではないでしょうか。