【26年08月18日】
変ないいかただけれど、お盆の行事を一渡りしこなして、なんとなくこころ穏やかというところだ。
少し風の強い中で、送り火を焚いて、風にあおられて小さな炎が立ち上がったりするのも、印象に残ったりした。仏間に帰って、岐阜提灯を丁寧にしまって、それまで回り灯篭の明かりが、部屋の中をきれいに照らし出していたのが、すっかり収まったようになって、常日頃の空間と時間に戻った、その静けさもまた心に残ったようだった。
仏壇には、毎日お水をそなえ、ろうそくに火をともし、線香をつけて、口の中で、毎日同じような中身の言葉をつぶやいて、その繰り返しの中に、我ながら一体何を見出しているのか、よくはわからない。信仰心などという御大層なものをそこに感じたりはしていないけれど、小さな祈りの感情がないわけではない、とも思う。
今日は、午前中の句会に出かける。「天の川」を詠った作が、ちょっと魅力的であったようだ。