三温糖のブログ

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夢への 道のり

お母さん! 会話が上手になりたい!

とある日 僕が相談してきましたよ。

へー 僕はその段階に入ったんだなぁと思った

会話コミニケーション

それは僕にとって永遠の課題

そもそも僕は会話のキャチボールが出来なかった

自分の言いたいこと 要求を伝えてくるだけで

こちらからの会話は全く聞かない子だった

意思の疎通が全く出来ない 成立しなかった

自閉症スペクトラムからの特性

ADHDからの特性

学習障害からの特性

そもそも発達性運動障害から舌の動きが悪く

発声するのに必要な顎の筋力も未発達だった

5歳過ぎまで涎掛けが必要な子だったのだ

会話コミニケーションが成立するまでには

一つ一つ小さな階段を登る必要があった

口腔の機能訓練を経て よだれが止まり

食べ物をキチンとゴックン出来るようになった時

正しい訓練の大切さを痛感したものです

感情論 根性論 盲目的な愛など役に立たない

障害を正しく理解する事

正しく理解して支援することが何よりも大切

そう痛感した私はペアレントトレーニングへ

僕が6歳の時に未就学期

僕が7歳の時に学童期

僕が10歳の時に思春期と3回ペアトレを受講した

ちょいと話を脱線させてね

ペアレントトレーニング


知的を伴わない 発達障害児を育てる親御さんと


子供を支援するには 兎にも角にもペアトレが


私は必須だと思う けどペアトレを受講している


親御さんはまだまだ少ないのが現状


ペアトレの基本はABA (応用行動分析学)です


ここで一つ注意 応用行動分析学って事は基礎に


行動分析学があります より深くペアトレ


を理解するには基礎も学んだ方が良いと私は


思っています が最初は手軽な方が絶対に良い


手軽に誰でもいつでも受講できる環境でないから


発達障害が世に認知されて久しいのに


今だに まだそこ迄普及しない


この現象を解決する為に 一つの手法として


病院で発達障害だと診断する医師は漏れなく


ペアトレへの誘導を義務化徹底するべきだと思う


訳の分からない発達障害児支援を国はする前に


ペアレントトレーニングの充実 制度確立 


ペアトレを行える機関人材育成 制度の発達を


目指すべきである と私は思います


私が3度 全国的にも少ない思春期ペアトレまで


受講出来たのは幸せな事でした 間違いなく


私の子育て 育て方にペアトレは多大な影響を与え


ています そしてそれは私達親子を助けてくれた


物事にはプラスの面とマイナスの面が必ずある


ペアレントトレーニングのプラス面は


障害理解が深まる事 子供を理解する事は無用な


親子間のすれ違いを防ぐことが出来る事


親の正しい障害理解は子供の成長を促します


マイナス面はペアレントトレーニングを受ける事


による感情の抑圧が親に発生する事


自然発生的な自己の感情を抑圧 コントロールする


事をペアトレにて学ぶ為 親は苦しくなる側面が


ある事 それでもやっぱりペアレントトレーニング


は発達障害児を育てる上で必要不可欠だと思う


誰でも手軽に何処でもペアレントトレーニングが


受講できるようになる 発達障害児を支援する


支援員 教員には受講を義務付ける 


普通の人でも受講出来る ような世界になると


発達障害があるない関係無く子供を取り巻く環境


はより良くなるのではないかと私は思います


発達障害児に良い環境は定型児にも良い環境です


発達障害児に有効な指導は定型児にも有効です


発達障害児への対応がイレギュラーではなく


全ての児童にベストな世界線になった時


初めて本当の意味でインクルーシブ教育が叶う

現行法のまま進む中身空っぽの建前だけの無意味

なインクルーシブ教育は障害児 健常児双方共に

危険多大な弊害が生まれる そう私は強く思います

さて 脱線から本線に話しを戻します(^◇^;)

けど 僕の会話コミニケーションの発達は

私がペアトレを受講してきた事も根っこにある

だからペアトレのお話を挟ませて頂きました

僕の会話コミニケーションは一つ一つ階段を上がり

現在 一見何の問題も無いように見えます

けどそれは浅い会話コミニケーションの場合のみ

上っ面のコミニケーションなら可能なだけで

一歩踏み込むと まだまだ上手くいってない

僕が切に望むのに友人関係が僕が思う関係性に

ならない要因の一つが ここにある

と私は僕が中学生の時から感じていましたよ

会話コミニケーションを幼い頃から訓練してきた

僕と普通の子とのコミニケーション力の差から

の問題は別の問題として横に置く

僕の会話コミニケーションの土台は当然なんだ

けど基本が私達親や支援員の方々とのもの

僕の話したい事を汲み取ってもらった上で成立

するもの 僕が言いたい事を言語化出来るように

豊富な話題で引き出して貰ってきたものが土台

だから そうではない人との会話コミニケーション

は僕は成立しません。

その傾向を中学生の頃から様子を見ながら度々

僕に指摘してきました 最初は僕は会話が上手

だから人がおかしい 悪いんだ!と僕は言い

反発されましたよ けどそのうち色々経験して

上手くコミニケーション取れない実感を得て

変わろうとする僕の姿が見られるようになった

会話コミニケーションが一方的になりがちな

父親との会話コミニケーションが成立するように

なった事からも それは明白でした

その段階にきて 僕の知識の少なさ 発達特性故

からの会話コミニケーションの難しさが表面化する

ようになりましたよ だから本を読みなさい

知識を蓄えなさいと教えました

例えば学校の勉強もそう 勉強が嫌いは良い

けどなら学校でも勉強に関わる話題には参加する

事は出来ないし体験を共有する事は出来ないよね

テストが終わった あの問題難しかったよね

どうだった?みたいな会話に テストが終わったら

テスト問題を振り返ることすらしない僕は参加

出来ないし 気持ちを共有する事は無い

かと言って勉強しないタイプと僕は上手く付き合う

事が出来ない だって僕の会話コミニケーション

の土台を築いてきた人達はある程度の知能がある

のだから それ以下とはコミニケーションが取れ

なくなる 無言の空気が漂ってしまうから

そうゆう齟齬が発生している事を少しずつ僕は

認知することが出来るようになって

僕が違和感を感じる度々に僕に伝え続けました

人と仲良くなるには会話コミニケーションが

不可欠である事 今君に求められるのは【話術】

と言われるもの 話術は口が上手い人間のもの

だと思う人が多いけど 違うよ

豊富な知識と経験を兼ね備えた人こそが話術に

長けた人なんだと母は思うよ

母は中卒だよね 一般教養が乏しい だから話題に

困る事が多かったよ けどホステスをしていた時

話術を磨くには知識が必要だと教えられたよ

毎日毎日仕事前に何誌も新聞を読む事を教えられた

最初の頃はその日読んだ新聞記事の中から一つ

ピックアップして先輩のお姉さんとディベートする

事がお母さんの仕事だったんだよ

食事一つもそう 色々な高級なお店に連れて行って

貰ったけれど それは勉強の為だった

例えば中華料理を食べるとしても中華料理の起源

を学ぶ事から始まる そうゆう教養を培ってやっと

お客様と話すことが出来るようになる

君が沢山の人と仲良くなりたい 色々な世界の人

と仲良くなりたい そう本心から思うなら

勉強しなさい 知識を蓄えなさい 本を読みなさい

新聞を読みなさい 読み書き障害がある君が文字を

読む事が苦痛なら今は様々な動画がある TVでは

ニュースが放送されてる それを見なさい

何の勉強が出来なくても良いから英語だけは学び

なさい語学は会話コミニケーションの基礎の基礎

点数を取る為に勉強があるのではなく

教養 知識を蓄える為に勉強はあり その結果

君がなりたい自分になれるのじゃないのかな? 

そう伝え続けました

ある日 いつものように家族で会話している時

TVニュースを見ながら 登場人物を批判する発言

を僕がしました 父親の影響も多大にあるけど

それ以上に僕は幼い頃から女の子と仲良くなり

がちだった為か 女の子グループ特有の噂話が

僕は好きと言うかクセになっていて僕の会話

コミニケーションのベースになってたりします

それにずっと付き合ってきたのだけど そろそろ

次の段階にと感じていた私は僕に指摘した

君からの話題は人の噂話か人の話が殆ど 

その上その内容は批判的なものが多いよね?

それってさ その辺のオバ様達が人の噂話で長々と

井戸端会議してるのと一緒だよね?

客観的に見て君 そのオバ様達見て何を感じる?

君 その仲間に入りたいの?と指摘した。

そして お母さんから人の噂話聞いた事ある?

お母さんが人の欠点を話題にした事ある?

あそこの子はーとか あそこの旦那さんはーとか

お母さんから言ったことあったっけ?

お母さんが話題にするとしたら何か良い事があった

時とか人間的に素晴らしいと思った時しか基本的に

他人の話しはしないはずだよ

君が根掘り葉掘り聞いてくるから答える事はある

けど会話のスタートにそうゆう話題を母からする

事はまず無いはずだよ だって嫌いだもん

それがあってるとしてもさ 人の悪いところばかり

見て話題にすることって嫌いなんだよね

別にその人を擁護したくてそう言ってんじゃなくて

お母さんの精神衛生上 よろしくないのよ

母は人の欠点や不幸を喜ぶ性質ではないから

そうゆうものをイチイチ見つけて優越感を感じ

なきゃいけないほど自己肯定感が低くないから

母にある自信は他人に与えて貰うものではなく

自分で培ってきたものだから

他人からの評価が一切気にならないイコール

他人を評価する事も一切したいと思った事が無い

人の良いところ 幸せな事 成功した事を

凄いなぁって 良かったなぁって思うしそれを

話題の基本にした方が母の心は嬉しくなるし

幸せを感じるし 自分も頑張ろうって思って

ワクワクするし 心がポカポカするから好きだよ

人の悪いところを母が話題にしないのは

誰かの為じゃないの自分の為にそうしてるの

だって母は自己中だから自分が心地よい事しか

したくないんだよね 君はどうだろう?

母の考えに共感しなくてもいいよ けどね

客観的に見てごらん 君の目の前に2つのグループ

が居る 一つのグループは人の噂話に盛り上がって

一つのグループは仲間の成功に盛り上がってる

君はどちらのグループに参加したいですか?

君はどちらのグループの人達と仲良くなりたい?

自分の振る舞いを客観視して見なさい

その行いが正しい正しくないはどうでも良いし

母は批判がしたいんじゃないのよ

君が幸せになるには 君の心が喜ぶにはどう

したらいいの?を君に問いかけてるだけだよ

お母さん 政治家の人の事もそう話すよね

確かにその人の行いに悪いところはあると思う

変わって欲しいなとも思ってたり憤ることもある

けど話題に出さないよね?

そうゆう話題になると でもその人も頑張って

いるよね?それに対する感謝は?って言うよね?

よりよくなって欲しい けどその為にその人の

人格を否定までする必要はどこにも無いし

よくその人を知りもしないのに出来ないこと

しちゃいけない事だと思うんだよ

だってさ君 君の事を良く知りもしない人が

君が高校を辞めた事実だけ見て やっぱりなって

君の障害の事をある事ない事噂話してたらどう

思うの?嫌でしょ?腹立つでしょ?

お前らに何がわかるんだ!って思うでしょう

けどそんな事言わずに 今新しい学校で頑張ってる

事を凄いね!頑張れよ!って支援員のボランティア

してる事を褒められたらどう?

嬉しいでしょ? 頑張ろうと思うでしょ?

腐った政治家だって人間 一緒だよ

どんなダメな人だって一緒 感情のある人間

自分がされて嫌な事はしない

自分がされて嬉しい事はどんどんしよう

今何で こんな話しをするかわかるかなぁ?

会話コミニケーションってさ その会話の中身

話題の方向性が1番大切だったりするからだよ

その方向性によって君に寄ってくる人間の種類

が確実に変わるからなんだよ 類は友を呼ぶから

さっきグループの話ししてたよね?

その選択は君の人生の選択に繋がる選択だよ

日々そうゆう小さな小さな選択をした結果が人生

こんなはずじゃなかった!って愚痴る人は

世の中が悪いんじゃない 人に恵まれなかった

訳でもない 不運だったんじゃない

その人がそうゆう小さな選択を繰り返した結果

自分が好んでその人生を選んだんだよ

けどそうゆう人は絶対にそうだと認めないけどね

代わりにずーっと誰か何かの所為にしてる

それが正しい正しくないを議論しても無駄よね

だっていくら議論しても結果は変わらないんだから

議論はもちろん良い事だけど 不毛な議論は時間

と労力の無駄 議論はより良い結果を導く為のもの

変わろう変えようとするから議論する価値がある

結果ありきの議論は無駄でしかないのよ

君は議論を相手を打ち負かすものって誤認識して

いる節があるけど 議論の本質は違うからね

それを君が知ることも会話コミニケーションの

上達に繋がると思うよ

そんな話しをした後々 僕からの会話が上手に

なりたい!って発言になったのです

なら目の前の勉強を苦手なりに頑張ろう

その経験は話術の中に必ず活きるようになる

日々自分が心地よい話題を出すようにしよう

心地よくない話題は無視しましょう

最低限の一般教養を身に付けましょう

知らない事は貪欲に知ろうとしてみよう

そう心がけてたら 君を取り巻く環境は自然と

変わっていく 君の会話も上手になるよ

後は今迄君の発言の細かな間違い 誤認識

言い間違えを細かくは指摘してこなかったけど

会話が上手になりたいのなら指摘しようか?

君の返答は的外れな事がとても多い けど母だから

あーこう言いたいのだろとスルーする事が多い

けど他人にはそれは一切通用しない その部分も

君が上手くコミニケーションが取れない原因に

なっているだろうと母は思っているよ

母の想像だけど 会話していて君がトンチンカンな

返事をする事を相手は理解出来ないから会話が

上手く発展しない 会話が上手く噛み合わない事

が多発しているのじゃないかと想像してるよ

するとどうなるか?ある一定の人間しか君と

コミニケーションが上手く取れない現象が起こる

君が仲良くなりたい人に言語化が上手い

頭の良い子ばかりな事にそれは表れてるように

母は感じるよ けどそうゆう子が好む話題を君が

出来ない共感共有出来ない事が今の君の淋しさに

繋がっているのだと母は想像してるよ

君が否定された!と感じないでくれるなら

今迄は全体の2、3割しか指摘してこなかった

そうゆう的外れな返答や言い間違い勘違いを

全て指摘して都度細かく母は教えてやれるよ 

だいぶウザい事になると思うけど どうする?

言って! 確かに僕は否定されたって思いやすい

けど違うんだと分かってるから 上手になる為に

必要なんだと思うように出来るから僕が変な返事

を返したら言って 教えて欲しい

そう僕は言いました

じゃあ一緒に頑張りましょうかと答えました。

そもそも話術を磨くには僕が苦手な事が多数ある

けど僕の1番の拘りは 人 人と仲良くなる事

その強い拘りだけで僕はここ迄成長した

人と仲良くなりたいから苦手な事を頑張って

訓練して乗り越えてきた子です

ワーキングメモリの低さから自分の興味関心がある

事も上手く記憶して会話することが出来なかった

話したいのに上手く話せず 言葉で表現出来ない

そんな僕を見ていて 私は可哀想でならなかった

だから訓練させた 嫌な事をさせてきた

ただ ただ僕が表現したい事が表現出来るように

そう願ってた 母にとって学校の存在も

勉強もその手段の一つでしか無い

僕がなりたい僕は 人と仲良く楽しく会話する事

沢山の人と良好な関係を築くこと

だから会話コミニケーションの上達と関わるの人

の人選は必要不可欠な事だと思う………けどさ

そもそもさ 会話なんてボケとツッコミの関係性が

成立してたら成り立つんだよ 笑えるならね。

僕の場合 ボケてるつもりが無いのにツッコミが

入る んで突っ込まれたらバカにされた!と感じ

腹を立ててしまう傾向が強かった だからその

認知の仕方 反応の仕方から修正をする必要が

あった 随分と時間がかかりましたが随分と

良くなってきていて バカにされたと怒ることは

減り一緒に笑えるようにまで成長しました

中身空っぽの僕の外面 過剰に適応した外面と

本来の僕の姿は随分と距離が縮まってきました

話術が長けてて でも中身空っぽで人間性がクソ

な人は世の中に掃いて捨てるほどいる

寡黙だけど一緒に居て安心できる心地よい人

人間性が高い人もたくさんいる

たぶん今の僕はそうゆう寡黙な良い人とは会話が

出来ないから良好な関係が築けない けど本来の

僕の感性に合うのは 本当はそうゆう人だと思う

言葉が要らない人 言葉でないコミニケーション

が互いに成り立つ人 言葉でない行動や反応に

心遣いが善良さが滲み出る そんな人がいる

僕の父親は 寡黙では無いけどそうゆう人だ

僕がいつか いつの日かそうゆう寡黙な人の良さ

に気づく日が来ると良いなぁと願っています

話術とは高い知性が無ければ習得できない能力

だが高い知性があれば良い人間な訳ではなく

話術は無くとも高い知性を持ち人間性が素晴らしい

人はたくさんいるもの 話術のように目先のもの

に惹かれ囚われるのでなく本質を見抜ける人に

成長して欲しいと母は願っています


僕の性格にそっくりなトラ君