小林麻央さんがかなり進行した乳がんを患っているとの報道を初めて見た時、


すごく辛かったのを覚えてます。


同時に、奇跡が起こってほしいというかもはや、起こると思ってました。


不謹慎だとは思いますが、芸能人の方だし、治療費など気にせずに最善の方法を取って回復を目指されるだろうと思っていたからです。









一昨々年末、わたしには大事な人がいました。


所詮ネットの世界ですけど、それでも、大事な人でした。





その人も、同じ病気でした。


古いデータにはなりますが、2004〜2009年の10代の発症者はわずか27人。近年は増加傾向にあるようですが、それでもそれくらい確率の低い話だったんです。


初めて病気のことを聞かされた時、泣きました。どうして、地球にはいっぱい人がいるのに、わたしの大事な人がそんな病に、侵されなければならないのかと。やっと見つけた人なのに。


当時、がんについて何も知らなかったわたしは、ネットで調べまくりました。でも調べれば調べるほど、絶望的だということしか知ることができませんでした。


彼女は一昨年の1月の時点で既に末期だと話していました。




Ⅳ期の5年後生存率は、約3割。




もう生きてるかどうか、わかりませんよね。
生きていてほしいとは思いますけど。


去年の10月以来、その人とは話せてません。
その前は一昨年の夏でした。


ひょっこり帰ってきては、また姿を消すのです。


そろそろ「嘘をつかれているのでは?」と突っ込まれそうですけど、わたしは本当だと思っています。


詳しくは書きませんけど、そういう結論なので。






一昨年の夏、返信が途絶えた時。


いよいよ向こうへ行ってしまったのかと、ガン泣きしました。部屋で、お風呂で、布団の中で、電車で、出先のトイレで、都会の大きな交差点で。


とにかく理由が分かりませんでした。その時くらいからです、わたしが無神論に走ったのは。


見える全部すべて、モノクロに見えました。音も遠くに聞こえました。


なんでわたしが生きてるのかもわからなくなりました。駅のホームに飛び込む瞬間を何度も何度も想像しました。


ずっと自分を責めていました。どうしてもっと思いやりを持てなかったのかと。過去に渡した言葉ひとつひとつ見返して、この時はこう言うべきだった、あの時はって、延々と。


ものを食べなくなりました。それぐらいの時期から丸3ヶ月、生理が止まらず貧血でフラフラになりながら毎日を過ごしていました。


本来なら病院に行くべきでしたけど、当時のわたしは出来るだけ死のそばに居たかったので、病院も行かずにただ何かを待っていました。


あわよくば、手遅れになってしまえばいいと思っていました。


眠れない夜は決まって自分が死んだ後を想像して「死んだ後3ヶ月も経てば忘れ去られてしまうんだろうな、クソ」などと考えていました。





ただ、孤独ではありませんでした。


正確には、孤独にはなれなかったのです。


一緒に泣いてくれる友達もいました。「お前には分かんねーよ!」って何度も突き放してしまったのに見捨てられませんでした。ありがとね。


だけど、この気持ちは、誰にも分かんないと思いました。それは今でも変わりません。


死におくれた側の気持ちなんて、誰にも分かんない。偉そうに話している大人たちにも、お前ら死におくれたことはないんだろ。といった風にこちら側で勝手にバリアを作って生活しています。









結論を言います。


あの夏から2年が経とうとしている今、わたしは相変わらず死にたいと思っています。


だって生きている意味がない。


目標の探し方も、何かに没頭するやり方も、わからなくなっちゃったから。


もう全部、やりきったという気持ちです。


だけど生憎、わたしには自殺などする勇気はありません。


だから、精いっぱいとまではいかないけど、かなりの努力をして生きています。これからもそうしていくつもりです。













奇跡って、起こらないんですね。





ご冥福をお祈りします。