ある日、母の元に一通の手紙が届きました。
「お宅の娘さん、あと一歩で轢かれるところでしたよ」
まあ、事実です。
その手紙を書いたどこかのママがわたしに向かって「危ない!」と叫んだから、わたしは車道の手前で立ちすくみました。
でも、わたしは路上のミラーを見ていたし、走行音も聞こえていたので車が近づいていることを知っていました。でも飛び出そうと思ったんです。
確か小学1年生の、4月か5月あたりだったと思いますが、当時死ぬことに対してなんの恐怖もありませんでした。
だって、曾祖父や曾祖母、それに当時飼っていた犬の母親犬さえ、なんの躊躇もなくある日突然ぱっと、飛び込んだ世界です。当時のわたしにとっての、向こうの世界って。
母親犬なんて、曾祖父の葬儀の日、親族一同が参列している間に死んだのです。意図的としか思えないでしょう。
娘と離れて暮らしていたし、寂しかったんだよきっと。その日死んでおけば、曾祖父と大した時差なく向こうの世界に行けるから。
そのように解釈していたわたしは、死に対する躊躇など、微塵もありませんでした。曾祖父達がいるし、まあいっか。といった感じです。
だけど、わたしは轢かれませんでした。大人の声が怖かったからです。当時、大人の声というのは絶対的なものです。服従しなければ、ひどく叱られます。怒られるのが怖くて、わたしは道路に飛び出さなかったのです。かわいいもんでしょ。
母はその手紙に目を通したあと、わたしに注意をしたと思いますが、残念ながらその記憶は残っていません。覚えているのは、女の鋭い叫び声だけです。
たぶんこれが、人生で1番最初に死にそうになった瞬間でした。
当時のわたしからすれば、第2の世界に飛び込もうとした瞬間、ですけどね。