「ただいま・・・」
「おかえりー」
ぱたぱたと部屋から唯が出てきた。
「お疲れ様」
「うん・・・」
小さくうなずいて、部屋に座り込む。
「夕飯・・・私が作ろうか?」
「・・・ごめ、お願いできるかな」
「うん」
唯は笑って冷蔵庫を開ける。
「わ、結構あるね!」
「唯が来るのわかってたから、朝のうちに買出ししといた」
「なるほど、じゃあ遠慮なく使うからね」
「うん・・・お願い」
野菜を取り出して選び、洗う音が聞こえる。
「・・・唯、いいお嫁さんになるね・・・」
「そんなババくさい事言わないの」
「あたしんとこにお嫁に来ない?」
「あはは、結城くんが世を儚んで自殺するよ?」
「そっかぁ・・・」
「そういえば先週、東風原に帰ってみたんだけどねー・・・」
・・・
とりとめもない話をしているうちに、見事な中華風野菜炒めと玉子スープが
出来上がっていた。
「・・・ここん所、コンビニ弁当頼りで、こんな風にまともに食べてなかったわ」
「あ、わかる。食べさせる人がいないとついつい、ね」
「楽なのよね・・・」
「量作らないとあんまり安上がりにならないしね」
笑い合う。
「・・・亜矢、さ」
「ん・・・?」
「ちょっとだけ、元気ないよね」
「うん・・・そう?」
「うん、何かあった?」
やはり、長い付き合いの唯には、ただ疲れているだけには見えないらしい。
「・・・実は、ね・・・」
・・・
ユキの死、そしてヒロの話まで。
ときどき動かなくなったユキを思い出して泣きそうになりながら、唯に打ち明けた。
「ヒロは、なんとか元気にしてあげたいんだ・・・でも、やっぱり余計な感傷かなって思うときもあるし」
「なるほどね」
唯は両肘を突いて、静かに聞き入ってくれている。
「でも、淋しくないようにかまってあげても、やっぱり元気なくて・・・あたしじゃダメなのかな・・・」
「そんな事、ないと思うよ?」
唯はやさしく笑った。
「こんな話、知ってる?」
「?」
「動物は、しゃべれないけど、人の気持ちをわかってくれる、って話」
「それは・・・うん」
アニマルセラピーなどの論拠にされる話だ。
「ならきっと、そのうさぎも亜矢の気持ちをわかってくれてるんだよ」
「え・・・?」
「だって亜矢、私と居ても元気ないじゃない。うさぎと居る時もきっと、そんな淋しそうな顔してると思う」
「・・・さびし・・・そう?」
「すっごく、ね」
唯は優しい目で亜矢を見ている・・・まるで姉のように・・・母のように。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・でも・・・でも、しょうがないじゃん」
「・・・」
「しょうがないじゃん!さびしいんだから!」
強がりの仮面が剥がれる。
「しょうがないじゃん!真一にだって会えないし、友達作ろうと思って作れるほど器用じゃないし、
動物は死んじゃうし!・・・それを真一に当り散らしたって真一も困るだけだろうし!
我慢しなきゃいけないなら、しょうがないじゃん!」
涙声になりながら訴える・・・
「・・・でもね、亜矢。それは亜矢次第だよ」
そんな亜矢の涙声を、唯はやさしく包み込む。
「人間は、動物と違うよ。その場で誰も一緒に居なくたって、『独りじゃない』って信じられるから」
「そんなの無・・・」
「無理じゃないよ・・・」
そんなの無理だよ・・・と言うよりも早く、亜矢にぴっと指を立ててみせる唯。
「信じてる人、先週見たもん」
「え・・・」
「亜矢にずーっと逢いたがってる人。会いたいけど会いに来れなくて、でも、絶対に『独りじゃない』って信じてる。
亜矢にも内緒で新聞配達のアルバイトして、一生懸命会いに来ようとしてる・・・本当に楽しそうに、ね」
「・・・・・・」
「彼がそう信じてるなら、亜矢だって信じてあげるもんでしょ?」
会えない時間も、遠すぎる距離もだいじょうぶ。声が聞けない時も、辛い時も・・・
『いつだって一緒だ』と信じる気持ちが、遠い恋人を強くしている。
「・・・だから、結城くんをもっと信じて、結城くんと心が一緒だって思っていられるなら、きっとうさぎだって、それを感じとってくれるよ」
「・・・・・・」
ぐし、っと鼻を擦る。
「・・・ときどき・・・唯が、うらやましい」
「そう?わたしはぁ・・・亜矢の方がうらやましいよ」
「・・・うん」
唯だってうらやましがるような、心の強い恋人が居る。
そばに居ないけれど、今はまだ会えないけれど、決してそれを苦にしないほど愛してくれる人が居る!
それをしっかり心に留めて、亜矢は笑った。
「・・・自慢の人だもん!!」
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
「ヒロー、ほら、おいで」
うさぎはくんかくんかと亜矢の手を嗅ぎ、続いて亜矢の目を見上げた。
じっとその目を見て微笑みながら、亜矢はスティック状のニンジンを差し出した。
「ほら・・・」
うさぎはそのニンジンをコリッとかじる・・・
そして手を離すと同時に、ニンジンを奪いとった。
「お!食べてる?」
「・・・食べてます」
「凄いじゃん!佐倉ちゃん偉い!偉い!」
「・・・ふふっ」
加藤にポンポンと背中をたたかれ、藤島に頭を撫でられる。
悪い気はしない・・・
「教授!これで点滴とかしなくても元気になりますよね!」
「む、そうだなぁ・・・このまま食べてくれればな」
亜矢はにっこりと満面の笑みを浮かべて、ヒロに向き直る。
「元気になってね・・・」
うさぎはちらりと亜矢を見て、またコリコリと食べる事に集中する。
それが亜矢には一番嬉しかった。
本当に亜矢の心境の変化が、うさぎに良い変化をもたらしたのかはわからない。
それでも、亜矢は唯に、そしてなにより真一に感謝した・・・
・・・・・・
・・・
『もしもし?』
「真一?」
『お?めずらしい・・・亜矢の方からかけてきてくれるなんて』
「忙しかった?」
『いや、全然・・・ヒマ』
さびしくてさ・・・と正直に言おうと思った。
が・・・一拍置いて少しだけ違う言い回しにした。
「・・・会いたくてさ・・・」
『うん・・・夏休みになったらな』
「こっちはもう夏休みよ」
『そうなのか?でも、もうすぐだから待ってろ』
「うん」
7月ももう中旬。
二人で過ごす初めての夏が、もうすぐやってくる・・・
わたしたちは色んな事を体験してゆく・・・
まだ夢の途中なのだから・・・
-Fin-