ユキは飼い主が到着すると、安心したかのように息を引きとった。
8歳だったという・・・ウサギとしては頑張ったほうのようだった。
泣きながら礼を言い、冷たくなったウサギをタオルにくるんで抱えて去る飼い主に
教授たちと一緒に頭を下げながら、亜矢もボロボロと涙をこぼした。
「佐倉・・・泣くな、なんて言えないけど・・・」
「・・・うっ・・・ううっ・・・」
「・・・・・・」
加藤はそっと亜矢の背中を撫で、そのまま撫でるように背中を叩いて、部屋に戻るように促す。
ぐすぐすと鼻を鳴らしながらとぼとぼと歩いていく亜矢の背中を眺めつつ、
加藤と教授は顔を見合わせる・・・。
「1匹死ぬたびに、佐倉くんは泣いているねぇ・・・」
「ピュアなんですよ、慣れろ・・・とも言えませんし」
「うむ、患畜を大事に思うのは大切なことなんだがね」
ふぅ・・・と二人同時に溜め息をつく。
ふたりは沈痛な面持ちはしていたものの、泣くほどまでに悲しい訳でもくやしい訳でもない。
慣れてしまっているのだ。
良くも悪くも、命を扱う現場で経験が長いという事。
亜矢が涙に暮れるのは見ていて痛ましく、何か励ましや慰めをかけてやりたくはあるが、
その痛みを忘れて久しい人間としては、自分のペットでもないのに泣くほど胸が痛む気持ちがある亜矢が眩しくもある。
「私達が汚れてるってことにしときましょうか」
「そうだなぁ・・・今はまだ、泣くだけの余裕があるからな」
「彼女が獣医になったら、そんなことも言っていられませんけどね」
「それは、わたしらが言って教えることではないよ」
・・・
外はすっかり暗くなっていた。
亜矢は小さな身体をさらに小さく丸めて、とぼとぼとアパートへの道を歩く。
「・・・あ、サラダ油切れてたっけ・・・買って帰らなきゃ・・・」
小さくつぶやいてスーパーに足を向ける。
ひとり暮らしを始めて生活力が身についてきていたが、習慣のように歩きながらも、
買ったサラダ油でなにか料理をする気にはなれなかった。
数日間、世話をしていたユキの体温。
痩せてはいたがふっくらした毛並み。手が覚えているそれが永久に失われてしまったという事実の重さに、
亜矢は打ちのめされている。
「・・・8歳、かぁ・・・ウサギって8年で死んじゃうんだ・・・」
レジに並びながら、虚ろな声でつぶやく亜矢に、前に並んでいたおばさんがビックリして振り向く。
そして、サラダ油の小型ボトルをじっと見つめている亜矢の姿を見て、思わず凝視。
『最近のサラダ油にはウサギの豆知識でもかいてあるのかしら?』
とでも言いたげな視線を亜矢は軽く気づきながらも無視した。
行動を改める気力も無い。
そのまま、精算をすませて、家路に着く。
「・・・ユキ・・・先週はコジロー。その前はモルだったっけ。その前はケン、その前はチビ、その前は・・・」
たった3ヶ月のあいだに死別した犬猫ウサギにシロテンやオウム。全部で十数匹。
そのたびに涙を流し、その動物のあまり長いとは言えない一生に思いを馳せていた。
そして、精神が疲れ果ててきていた・・・。
・・・
「・・・ただいま」
ガチャン・・・とドアの鍵を閉める。
手探りで明かりをつけて、服を脱ぐものそこそこにベッドの上に倒れこむ。
蒸し暑かったが、エアコンをつけるために起き上がるもの面倒臭い。
(このまま寝ちゃおうかな)
薄目を開けてぼんやり考える。
時間はまだ8時。
動物の臭いでわりとすごい事になっている自覚はあるので、キチンと風呂に入って、洗濯をしなくてはいけない。
しばらくして義務感と無気力のあいだをさまよった後、観念して身を引き起こす。
のろのろと起き上がり、服を脱いで洗濯機に放り込む。シャワーをそのまま浴びようと思ったが、
脱衣所にタオルが無い事に気づき、部屋で昨日とりこんだまま畳まずに放り出していたタオルをかき集める。
ズボラになったのはひとり暮らしのせいか、はたまた動物の世話に忙しいせいか・・・
上京したばかりの頃は面倒でもきちんと畳んでいたのだ。
悪い習慣がついては困るから。
・・・と、タオルを抱えて脱衣所に戻ろうとした亜矢の目に、赤い光が映った。
・・・・・・
・・・
4へ続く・・・