なかなか時間がなくて数年間翻訳待ちとなっている雑誌たち…。
気になった記事のみピックアップしてせこせこと頑張ってはいるのですが、いかんせん買いすぎました。
以前は段ボールで積み上がっていたものがようやくここまで来ました、あと20冊ほどです(笑)
訳したそばから内容を忘れていっている気がしますので、あまり訳している意味がないかもしれません(汗)
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どうしても資料的な要素の強い本を優先してしまうため、結果的に雑誌は後回し。
雑誌は写真を見ながら記事をざっと読むだけでも(意味ははっきりとはわかりませんがw)楽しめますしね。
 
で、今日は1つだけ軽く訳してみました。ワードに落としたのをコピペしたので文体が変わっちゃって読みにくいかもしれませんがお許しください。また、英語は元来苦手なため、訳を間違っている可能性大ですし、つい先ほど訳し終わったばかりのため、内容の正誤も全く確認しておりませんので、大らかな気持ちでお読みくださいm(_ _)m
The CLASSIC MOTRCYCLE AUGUST 2007 Matchless G45 1954
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1950年代初頭に登場した奇妙な特注マシンの1つとして、Matchless G45があげられる。
なぜ‘奇妙’なのだろうか?
当時AMC350㏄のAJS 7R Boyをラインナップしており、成功することも立証済だった。
もし、彼らがセニアクラス(500㏄)のレーサーを作りたかったのであれば、単純に350OHCのボアを広げて500ccのプロダクションレーサーを作ることが明らかに論理的であるし、かつその準備もすでにできていたのである。しかし、彼らはそれをしなかった。
その代わりに、トライアンフが数年前からすでに探求し、またノートンが将来に向けて実験していた、「500㏄のロードゴーイングツインを基にレーシングエンジンを開発する」という道を、彼らは歩み始めたのである。
AMCのパラレルツインは1949シーズンに導入され、始めからスイングアームフレームに収められていた。
しかしながら、G45エンジン(このエンジンはG9に由来する)には、7RRolling Chassisが採用された。このエンジンはIke Hatchの手により当然の如くモディファイが施されたされていた。
試作マシンは、1951ManxGPに姿を現した。Manx GPはノンワークスマシンに乗っているアマチュアライダーのイベントであったことを考えると、若干奇妙なデビューとは言えるが、Robin Sherryはこの試作のワークスマシンを駆り4位を獲得した。
翌年のManx GPでは、Drek FarrantG45で勝利をおさめ、さらなる論争を巻き起こした。そして、ワークスライダーのErnie RingFarrantのマシンでこの年のTTにも参戦したのである!
彼らは、1953年から早速販売に着手し、大成功を手にするかに思われた。彼らは、Manx Nortonにとって代わる安定性や、プライベーターでも購入できる優位性をアピールすることで、G45の競争力を示そうとした。
しかしながら、G45AMCが望んだであろう成功を収めることができなかった。そして、‘速いが壊れやすい’と揶揄されたG455年後には静かにラインナップから姿を消したのであった。
 G45の代わりはというと?そう、AMCAJS 7Rのボアを広げG50へと昇華させたマシンを引提げ帰ってきたのである。
 この1954年のG45は Staffordshire garageのオーナーであるDennis Bunningが所有している。
 
ついでにSpecも。
Year:1954
Engine:Twin-Cylinder ohv all alloy four-stroke
Bore × stroke:66×77.8mm
Capacity:498cc
Compression ratio:9.5:1
Peak power:48bhp
Carburettors:Twin 1 3/32 in Amal GP
Ignition:Lucas magneto
Transmisson:all chain-drive
Gearbox:four-speed
Chassis:Matchless full-cradle duprex
Forks:Matchless Girdraulic
Brakes:front 8.25inch single-side TLS、rear 8.25inch SLS
Dry weight:320lbs
Fuel capacity:six gallons
Top speed:130mph
Price new:£390
Makers:Associated Motor Cycles,Plumstead,London,