「小預言者」のシリーズが前回で終了したので、
今日から、エズラ、ネヘミヤ、エステル、ヨブへと進んでいきたい。


『エズラ書』は聖書の順番で言うと『歴代誌下』の次である。

『歴代誌下』の最終章には、
偶像礼拝と裁きを悔い改めないユダ王国が、
バビロンによって徹底的に滅ぼされ、
民が捕囚として連れ去られたことが記載されている。

「神殿には火が放たれ、エルサレムの城壁は崩され、
 宮殿はすべて灰燼に帰し、貴重な品々はことごとく破壊された。
 剣を免れて生き残った者は捕らえられ、バビロンに連れ去られた。
 彼らはペルシアの王国に覇権が移るまで、
 バビロンの王とその王子たちの僕となった。
 こうして主がエレミヤの口を通して告げられた言葉が実現し、
 この地はついに安息を取り戻した。
 その荒廃の全期間を通じて地は安息を得、七十年の年月が満ちた。」
                        (Ⅱ歴代誌36:19-21)


七十年の歳月が過ぎ、覇権はペルシアに移り、キュロス王の時代となった。

聖書では『歴代誌下』の最後の部分からページを一枚めくると、
『エズラ書』になる。『エズラ書』は次のような文章で始まる。


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ペルシアの王キュロスの第一年のことである。
主はかつてエレミヤの口によって約束されたことを成就するため、
ペルシアの王キュロスの心を動かされた。

キュロスは文書にも記して、国中に次のような布告を行き渡らせた。
「ペルシアの王キュロスはこう言う。
 天にいます神、主は、地上のすべての国をわたしに賜った。
 この主がユダのエルサレムに御自分の神殿を建てることをわたしに命じられた。
 あなたたちの中で主の民に属する者はだれでも、
 エルサレムにいますイスラエルの神、主の神殿を建てるために、
 ユダのエルサレムに上って行くがよい。神が共にいてくださるように。
 すべての残りの者には、どこに寄留している者にも、
 その所の人々は銀、金、家財、家畜、
 エルサレムの神殿への随意の献げ物を持たせるようにせよ。」

そこで、ユダとベニヤミンの家長、祭司、レビ人、
つまり神に心を動かされた者は皆、
エルサレムの主の神殿を建てるために上って行こうとした。

周囲の人々は皆、あらゆる随意の献げ物のほかに、
銀と金の器、家財、家畜、高価な贈り物をもって彼らを支援した。

 エズラ記1:1- 6
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キュロス王の時代はエルサレムの民の捕囚生活七十年目とちょうど重なっていた。

かつて預言者エレミヤは主の言葉を次のように預言している。

「主はこう言われる。
 バビロンに七十年の時が満ちたなら、わたしはあなたたちを顧みる。
 わたしは恵みの約束を果たし、あなたたちをこの地に連れ戻す。
 わたしは、あなたたちのために立てた計画をよく心に留めている、
 と主は言われる。それは平和の計画であって、災いの計画ではない。
 将来と希望を与えるものである。」
                       (エレミヤ29:10-11)

主の言葉通りのことが起きたのである。

捕囚の人々は、王と周囲の人々のサポートのもと
エルサレムに帰還することが許された。

まさにエルサレムへのドアが開かれたのだ。


時というものがある。

そのタイミングでなければ、いくらあらがったところで事はうまく運ばない。
ところがいったんその時が来ると、次々と門が開かれる。


捕囚の民は七十年間待たなければならなかった。
時が満ちた後、主の保護のもと念願のエルサレム帰還を果たす。


「平和の計画」は実現される。

その時を信じ、忍耐し続けることも大切だ。


「主がシオンの捕われ人を連れ帰られると聞いて
 わたしたちは夢を見ている人のようになった。
 そのときには、わたしたちの口に笑いが
 舌に喜びの歌が満ちるであろう。
 
 そのときには、国々も言うであろう
 『主はこの人々に、大きな業を成し遂げられた』と。
 
 主よ、わたしたちのために
 大きな業を成し遂げてください。
 わたしたちは喜び祝うでしょう。
 主よ、ネゲブに川の流れを導くかのように
 わたしたちの捕われ人を連れ帰ってください。
 
 涙と共に種を蒔く人は
 喜びの歌と共に刈り入れる。
 種の袋を背負い、泣きながら出て行った人は
 束ねた穂を背負い
 喜びの歌をうたいながら帰ってくる。」
                   (詩編126:1-6)


Nothing will be impossible for you!