いつの時代も人事は物議を醸し出しやすいテーマだ。

妬みや怒りは組織を汚染する。

イエスはどのようにこれに対処したのだろう?

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ゼベダイの子ヤコブとヨハネが進み出て、イエスに言った。
「先生、お願いすることをかなえていただきたいのですが。」

イエスが、「何をしてほしいのか」と言われると、

二人は言った。
「栄光をお受けになるとき、わたしどもの一人をあなたの右に、
 もう一人を左に座らせてください。」

イエスは言われた。
「あなたがたは、自分が何を願っているか、分かっていない。
 このわたしが飲む杯を飲み、
 このわたしが受ける洗礼を受けることができるか。」

彼らが、「できます」と言うと、イエスは言われた。
「確かに、あなたがたはわたしが飲む杯を飲み、
 わたしが受ける洗礼を受けることになる。
 しかし、わたしの右や左にだれが座るかは、わたしの決めることではない。
 それは、定められた人々に許されるのだ。」

ほかの十人の者はこれを聞いて、ヤコブとヨハネのことで腹を立て始めた。

  マルコによる福音書10:35-41
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12弟子の中のヤコブとヨハネが願い事を持ってイエスにもとにやって来た。

「何をしてほしいのか」とイエスはきちんと彼らに対応している。

彼らが直訴したのは、自分たちの地位についてであった。
どうも弟子たちはイエスがこの世でイスラエルの王にでもなると
勘違いをしていたようである。

ヤコブとヨハネは、イエスが王の座に就いた暁には
左右に陣取る重臣に取り立ててほしいと、
他の弟子たちを出し抜いていわば猟官運動をしたわけだ。

抜け目のない兄弟である。

「あなたがたは、自分が何を願っているか、分かっていない」とイエス。

「このわたしが飲む杯を飲み、このわたしが受ける洗礼を受けることができるか」
と事の違いを悟らせようと質問を投げかけるが、
彼らは無謀にも「できます」と答え、らちが明かない。

彼らの熱意はしっかりと受け止めた上で、イエスは、
「わたしの右や左にだれが座るかは、わたしの決めることではない。
 それは、定められた人々に許されるのだ」
と伝え、彼らを退かせた。

この抜け駆けを知った他の十人は、ヤコブとヨハネのことで腹を立てる。

ヤル気は尊重されていいだろう。
持っている意欲がつぶされるような組織に属している社員は不幸だ。

かといって声の大きい者や、おべっかを使うのがうまい者だけが
出世するのも問題だ。

適材適所であり、かつ周囲もそれを納得するような人事であれば最高だ。

イエスはここで生じた弟子たちの心の動きを見逃さず、
彼らに重要な教訓を与える。

その内容については次回に。