「これ最高におもろいのに・・・なぜ?」 自分が社会や大方の人, 特にスピリチャル系のことに関心が高い人にとくに15年前痛切に感じた1つが宿曜経もしくは宿曜占星術への関心度だった、周りのほとんどの人があまり関心を示さなかったのに驚いた。

 もちろん自分は占いの専門家ではないが 今から17年程前に望月さやかの正当西洋占星術をはじめ 中国の算命学から四柱推命・九星気学・諸葛亮孔明の奇門遁甲、インド占星術 さらにまだマニアックな占いにとことんはまりまくっていた時期がある。 その頃もネットで占いの解説はあったが、今と違いネットで誰もが気軽にボタン1つで綺麗なサイトでほとんど無料で占いをできるというまでは至っていなかったと思う。

 最初は、ただ興味本位で秋月 さやか正統西洋占星術をみて 自分の出生時間まで確認して一度真面目にホロスコープを書いてみて占ったところからはじまった。
 なぜ突然占いに関心がわいたか?というとそれはユングの「東洋的瞑想の世界」を読んで共時性を再確認し意識する思いが高まったからである
共時性とはシンクロニシティの母体的概念で 今やスピリチャル系の人でこの言葉を知らない人は一人もいないのは誰でも知っているだろう。
 自分は 高校時代からこの点には着目していたのだが その頃周りの人に共時性または、シンクロニシティのことを話しても理解できる人は少なかった。
 ホロスコープを作り自分が最も「ピン!」ときた着目点は、もう忘れたがアスペクトとかコンジャンクションとか 星を結んでできる形や線形が交わる角度がものをいう点である

 詳細は省くが、例えば120度だと適正だが、180度になると青年期に社会に対する反骨心が強くなりグレてしまう可能性がある といったような解釈だ
つまり120度だとほどよく思考、考察する態度に至るが、180度だと物事を捉える想念がダイレクトに純粋に繁栄されてしまい よって社会の暗部を強烈に受け取ってしまいグレてしまう可能性がでてくる といったような解釈がすごく説得力があった、確かにこの捉え方には1理はあると思うのだ。

 それで爆発的に占いに凝り始め約1年間は占いばかりやっていた時期があるのだが、40前後からは、もちろん占術は1つの指標手段に過ぎないとは思ってはいたが、占いの矛盾点を意識するようになり、バシャールにみられるように人間にはさらに奥の深いメカニズムが隠れていると思いはじめたこともあり、最終的には占いから離脱した。

 ただこの爆発的に占術に熱をあげ そこら中の知人や会社の人を相手に占いをやったことにより より深い意味での人間観察のインスピレーションを得たと思っている。
 特に中でも広く知らしめたいのが 宿曜占星術 宿曜経である これはオリエンタル占星術という名の本ででていて すごくわかりやすかったこともあり その当時、人の顔さえみれば、即誕生日を聞いて占ったものである 宿曜経に限り 全部合わせると100人近くにこれをやった。あまりにあたっていたために これを基に占い師にでもなろうかな?と思ったほどだった。
 宿曜占星術 光晴堂  でもあるように人を27タイプに分けて感情や心情が働く基盤を定義しているわけである。(他のサイトでもやってみてイメージをつかむことをお勧め)
 つまり簡単に言うならば、血液型分析と非常に似ていてまずは簡単で誰でもすぐできるという利点がある また実際やってみてわかるのは本当にその人の性格というか、拘っている核心をものの見事についているといえる ただ占術はどこまでいっても占術であり 完璧ではない ただ自分の経験からいえば今まで宿曜占星術があっけらかんと外れる つまりどうみてもこれは この人の性格とはかけ離れているぞ!と思えたことは 1割弱くらいであった。

 自分は星宿だが、今まで自分の人生上 いろんな意味で、特に30代に最も自分の周りに多かった人は、心宿, 箕宿, 房宿, 畢宿, 胃宿, 奎宿, 危宿 といったところだろうか?とくに心宿と箕宿は、ある時期 接する人がほとんどこの2つという時期がよくあったのを覚えている 40代はそれがガラッと変わり 壁宿, 鬼宿 といったものが多くなった。

 ここで最もわかりやすい例を示すと例えば危宿は、有名人では沢田研二で、虚宿は武田信玄である あからさまになるほど~とわかる部分がある
5,6人ぐらいやっただけでは、実感として全てつかみきれるものではないが、やればやるほどそのいわんとしている気質というか意志の個性がみえてきておもしろいのだ
宿により 自分と程遠い者は 何回やってもつかみきれない つまり読みきれない宿もあるのだ 読みきれる場合は 笑ってしまうくらい なるほど!あたっている!となる しかし自分とはかけ離れた宿はどんなに理解しようとしても その真意がつかみきれない宿もあると思う それはやってみないとわからないといえるだろう。
 例えば ビートたけしは、女宿だ、これは女宿の性質の文を読んでみると まぁ~いえているだろうと予測がつくが 自分の場合 觜宿 張宿 昴宿などはあまりわからない
もちろん觜宿の説明を読むと 言葉の上では理解できるが 真意がわからないのである。

 ここが面白いところで、わからない宿はなぜわからないのか?と思うわけだ 理解できる宿は、その真意がなんとなくよめてあ~なるほどああいうタイプか となるのだがわからないのは 言葉の上ではわかるが その真意がよみきれないのだ つまりイメージ化できないのである。
また上でふれたが、宿曜占星術の本を片手にやり込むと 当たっていないときは、あからさまにわかり えっ~なんで?となるほど当たっていないものだ つまり外れる場合は大胆にはずれているものだ その割合が15%ほどだった。 

 後自分が宿曜経を高く評価するもう一つの理由は、空海が認める唯一の占術ということもある。おそらく宿曜占術は、精神を構成している気の流れというか、精神の特徴的構造性を追求して出来上がったものだろうと思われる。
ちなみに、宿曜占星術でもその本やサイトの著述家によって宿の解釈や見方が違うため 最低2つはみる必要があるといっておこう やればやるほどその真意のつかみどころがわかってくるからおもしろい まずはなんといっても家族からやるといいだろう どんなに隠しても家族に気質まで隠すことはできないからだ、その後友人や知人にやると以外と謎だったことがわかり面白いものだ。
 上では、実際やってみる行動視点から書いたが、やはりなんといってもこの本は非常にわかりやすく今でも名著だったと思っている。
宿曜経は、粘着性とか公正さ、毒性、善性、悪性、・・・・人の気質的素因を細かくわけて分析している これはオリエンタル占星術がそうだということではなく 本来宿曜経がそうなのだろう 今この名著は友達に貸して戻ってきていないため 雑だが この気質の素因を各宿がイメージ的にどうなるか?という図や各宿が最も得意とする領域や特徴が事細かに綺麗に整理されて 非常にわかりやすいのである
何回もいうが 今覚えている範囲のことをいえば 粘着性⇔??? 公正⇔??? 毒性⇔??? 善性⇔悪性 その他 ・・・ こういう部分が凄いのである わかるだろうか?
 また各宿を司る星座の意味や 人体でいえば自分の宿がどこにあたるか? 非常にイメージしやすいわけで 観の良い人は読むだけでも次々と発見があると思うのである。
 とくにヨーガで瞑想などを実践している人は、是非読んでみるべきだ、まずこの宿曜経での宿を体の部位で表した図というのは、ヨーガでいうところのチャクラと何かしらの関係を感じるはずである。
 このイメージしやすさは、この水晶玉子のオリエンタル占星術が最も的確で手頃だろうと思われる。(今ではこの本以上にイメージ化し易いのがあるかも知れないが・・・) その他どの本みても宿曜経は江戸時代は禁書であったそうだ。
確かに手応えがあり、人固有の 精神の形を示す占術である。

 15年前にこの宿曜経の鋭さに気付き周りの人達にいろいろ紹介したが 例えスピリチャルに関心の高い人でも自分と同じ深度で理解できた人はいなかった、非常に残念なことである。スピリチャル的なことに比較的関心が高まっている今ならこれを理解できる人は多いと思われる、是非やってみてはいかがだろうか?少なくても相手に血液型を聞くよりはるかい効果的で人間関係に役立つと思うのだ(^_^;)

 いろいろ書いたが、所詮は、占い 当たるも八卦当たらぬも八卦 ということを前提に遊び心でとっついてみるといいだろう、それにしては手応えあり過ぎ!と思うだろう。