上の2枚の写真は、私の実家に保存されている写真です。
軍服を着て、獲った写真が古いアルバムに何枚もあり、小さいころから
戦争に行った身内の話を聞いてきました。
私と戦争のかかわりの小さな話です。
私の米子の祖父母(宮廻・みやさこ)は、子どもがいませんでした。
そこで、遠い親戚の子どもを養子(上記の男性)に迎えました。
ところが、その息子が出征することになりました。
写真の裏には、中国徐州の写真館で撮った写真がありましたから、
中国に行ったのだと母は言います。
私が聞いている話では、その後ビルマに行って、マラリアにかかって
亡くなった、とのこと。
お墓に参ると、1945年2月27歳 戦死と記されています。
写真には、1942年送られると書かれているのがあるので、当時22、3歳で中国に
いったのではないかと思います。
お骨も何もない…。紙切れ1枚が骨壷に入っていたと母が語っていました。
そこで1949年、出征した息子と遠い親戚にあたる、私の母が現在の宮廻(みやさこ)の養女になり、父と結婚し、宮廻の家を継いだ、とのことでした。昔のことですから、「家を継ぐ」ということになるのでしょう。
私の祖母は、その息子のことは一切話したことがありませんでした。20歳代で、やりたいことがたくさんあったのではないか、とおもうと、祖母は口を閉じるほど、悲しかったのではないかと思います。
我が家の戦争の小さな小さな話です。写真を見るたびに、戦争をしてはならない、と思うのです。

