大阪地裁が2006年6月、薬害肝炎訴訟で最初の判決を出した翌日、私は国会議員会館に初めて入りました。そして、最初の面談が2人の日本共産党の小池晃、仁比聡平参院議員(いずれも当時)でした。私たちに寄り添った2人の真剣なまなざしは今でも忘れられない。
その後の国会要請時は、常に一番にヒアリングが設定され、志位和夫委員長とも院内で面談する機会を何度も得ました。メモをとりながら私たちの話に耳を傾け、私たちがあげる最終目標まで、いち早く理解してくださったように思います。
幾度も政局に翻弄され、むなしさを感じる時も、政局に関係なく、私たちの意向を最優先に戦略を真剣に考えてくれた共産党の国会議員に何度助けられたことでしょう。今後も、政局に揺れることのない、そして、常にぶれることのない堂々たる「共産党」の存在を大いに期待したい。
【2012年7月14日付「しんぶん赤旗」に掲載】
その後の国会要請時は、常に一番にヒアリングが設定され、志位和夫委員長とも院内で面談する機会を何度も得ました。メモをとりながら私たちの話に耳を傾け、私たちがあげる最終目標まで、いち早く理解してくださったように思います。
幾度も政局に翻弄され、むなしさを感じる時も、政局に関係なく、私たちの意向を最優先に戦略を真剣に考えてくれた共産党の国会議員に何度助けられたことでしょう。今後も、政局に揺れることのない、そして、常にぶれることのない堂々たる「共産党」の存在を大いに期待したい。
【2012年7月14日付「しんぶん赤旗」に掲載】