福井県内で原発14基を運転する関西電力など3電力事業者は、原発が集中立地する若狭湾岸で、過去に大津波がなかったかボーリング調査を実施する方針を決めた。これまで若狭湾では津波による大きな被害はなお」と説明してきたが、東京電力福島第1原発事故を受け、過去の大津波の有無を再検証する。調査するのは、関西電力と敦賀原発を運転する日本原子力発電、高速増殖原型もんじゅを運転する日本原子力研究開発の3社。

同県若狭、美浜両町にまたがる三方五湖の湖底や周辺をボーリング調査をして堆積物を採取し津波の痕跡を調べる。若狭湾が中央に位置する三方5湖は湖底に過去の地層が状態よく残っており、過去の津波の発生状況が分析できるという。

若狭湾では、1586年の天正大地震で大津波が起きたと示す記事が、ポルトガル人宣教師ルイス・フロイスが記した「日本史」などにある。関西電力などは文献の存在を把握したが、天正地震が内陸部の岐阜県で発生したとする「日本被害地震総覧」(東京大学出版会)の記述を採用してきた。

しかし、今年6月に国の中央防災会議が「一度想定した地震・津波についても、最新の科学的知見を取り入れて、適宜見直すことが不可欠」と提言したことなどうを受け、調査実施を決めた(「毎日」)。

いまからでも必要な調査をすることは大事なことです。しかし、十分な反省があってのことです。私は、「反省なくして進歩なし」と苦言を申し上げたい。日本の原発開発の経過は、「国策」路線の元「安全神話」に基づいて、「一瀉千里」で強行されました。途中での見直しも検証もなく突き進み、結局、取り返しのつかない大事故を引き起こしたのです。いまになっても、原発推進を推しすすめた中曽根康弘氏をはじめとした政治家、学者・専門家、マスコミなどから「明快な謝罪と反省の言葉」が聞かれません。

15年戦争についても当事者から「明快な謝罪と反省」がなく、いまでも「一進一退」を続けているのではないでしょうか。2度と過ちを繰り返さないためにも、「戦争」や「原発」を推進したリーダーは、犠牲者の墓前でしっかり合掌してお詫びと反省をしてほしいと思います。

終戦の4ヶ月前に生まれた私は、B29の本土空襲で名古屋の実家を焼け出され、疎開先の三重県四日市のお寺も全焼になり、火の中をおんぶされて逃げ、“九死に一生”を得た体験をしました。きょうは66回目の終戦記念日です。お墓参りに行って、生きるべき命を失ったであろう「亡き同級生」を思い、花を手向けてきます。