広島は6日、アメリカの原爆投下の惨禍から66年を迎えます。「阿野日」1発の原子爆弾は広島市を壊滅させ、その年の末までに約14万人の命を奪いました。生き残った人々も放射線の影響による後遺症に苦しめられ、その苦しみは今も続いています。

昨年5月の核不拡散条約(NPT)再検討会議の成果を受けて、世界は核兵器禁止条約の交渉開始を焦点に動いています。しかし、アメリカは未臨界核実験を繰り返し、「核抑止」政策にしがみついています。

3月に起きた福島第1原発の事故は、改めて放射能の危険を示し、原発依存からの脱却と自然エネルギーへの転換が重要なことを示しました。この1年間、新たに死亡が確認された5785人の名簿が原爆碑に納められます。原爆死没者は27万5230人になりました。広島市では原爆死没者を追悼し、核兵器の廃絶を願う行事が終日続きます。

私は、原爆投下の4ヶ月前に、広島から約300キロ離れた名古屋で生まれましたが、原爆投下地点が、もし名古屋に変更されていたらとゾッとすることがあります。原爆も原発もない地球を子どもたちに残すために、いまがんばらなければと決意を新たにしています。ノーモア広島、ノーモア福島。