こんばんは!!
前回の記事を書いた翌日。
危険が及ぶこと以外はお片付けをしない
水分補給は無理にさせない
離乳食は無理に食べさせない
と、無理しない宣言を自分に対してして1日過ごしました。
するとどうでしょう。
すごく
ストレスフリーだった。
なんか自分で自分の首しめてたみたい。
ていうか、
前日ほとんど食べてなかったせいか
お腹空いてたのか?
離乳食めっちゃ食べた。笑
気分なのかな?
味付けのせいかな?
わかんないけど、
お腹すいたら食べるみたいだからいいや…
食べる時だけでもいっか、と思えた。
部屋が散らかる→片付ける→散らかる
のループから抜け出すには
散らかしたままにする
っていうのも1つかなと思ったよ。
それ以上に散らからないから。笑
でも、本棚から本を選んで出してむたり
オムツをぽいぽい取り出してみたり
服をバサーーーっとしてみたり(語彙力)
そんなことが楽しくてしょうがない息子の楽しみを奪ってしまっているのではないか?
と、真面目に考えてみたりした。笑
まぁ、ストレスなく生活するのがいいかなと思ったよ。
多分あの日かなり楽に感じたのは
私がストレスなく過ごしていたので
それが息子に伝わって
いいループに入ったのかなと思った。
ここからちょっとヘビーな話になりますので
気分が乗らない方はそっ閉じしてね。
少し、命について考えることがありました。
知ってる人の命が終わったの。
私は直接的な関わりはほとんどなかったんだけど
話を聞いて、とても悲しい気持ちになった。
私は、両親から
「命が尽きる時は、この世の使命を果たした時」
と教わっています。
きっとその方がこの世でやるべき事が終わったからなんだろう、と冷静に考えると思えます。
でも、果たして幸せだったのかな…って思う。
生まれて来てよかった
そう思える最期では決してなかったと思う。
私は何も出来なかったけど、
関わった人は、その方に対して出来る限りのことはしたと思う。
でも、救えなかった。
どうにもならないことかもしれないけど
何かがそうさせてしまった。
どこかで、どうにか出来たのではないか。
生まれた時から悲しい最期を迎える運命だったとは思えない。
タイトルのアンパンマン。
なんのために生まれて
何をして生きるのか
分からないまま終わる
そんなのは嫌だ
私は人はみんな、幸せになるために生まれて来たんだと思う。
息子は、私達夫婦の子供に生まれてよかったって思ってくれるかな。
最期に幸せな人生だったなって、思える生き方が出来るかな。
こういう事を考えると、
両親や、旦那、そして息子に感謝しないとなって思う。
そして、
健康で長生きしないとなって思う。
暗くなっちゃってすみません。
モヤモヤを吐き出せて、これでうなされずに寝れそうです。