更新を長いことサボってましたが、その間もいろいろと旅をしました。


2011年をふりかえって、数多くの旅をしました。


47都道府県と韓国へ行き、44都道府県と韓国で鉄道に乗り、43都府県と韓国でバスに乗りました。22都道府県と韓国と豪華客船で宿泊をしました。


旅の日数は、日帰り12日と宿泊延べ25行程57泊82日でした。


過去に宿泊した都道府県は、岡山県を除く46になりました。岡山県も今年の初めに宿泊をし、47都道府県すべてで泊まったことになりました。


旅の日数を数えてみたら、驚くくらい旅をしていたことになります。

これらの旅の数々、それぞれ思い出ができました。


今年は、大幅に旅が少なくなりますが、いろいろと廻っていきたいと思います。

昨日、大阪府の能勢電鉄妙見口駅から徒歩15分くらいのところにある、桜谷軽便鉄道へ行ってきました。

桜谷軽便鉄道は、毎月第1日曜日に運転会が開催されます。鉄道は、電車、機関車、SL、ポール電車があり、15インチゲージ鉄道で、幅は半分くらいで天井も低いです、普通の大人が乗ると、窮屈です。走行区間は、南山線と呼ばれる130メートルの区間で、桜谷駅と風の峠駅の2駅間を循環します。風の峠駅は2面2線の駅です。

12時に運転講習会が始まり、それに参加しました。免許試験ワークシートが配られ、運転士としての心得と信号や運転操作について講習され、実際に運転の手本を見て、いきなり本番の試験になります。合格基準はかなり厳しく、合格率は低いです。私は、最初でいきなり失敗し、不合格になりました。合格基準が厳しいのは、実際にお客様を乗せることがあるからです。ここでの免許は、この桜谷軽便鉄道のみ有効です。本物の鉄道では、そうはいかないです。

13時からは、運転会が行われ、機関車が運転からで、電車、SLなどもやってきてそれぞれに乗って、区間を循環しました。運転は随時行われました。お客様は、親子連れが多かったです。風の峠駅では、記念硬券の配布も行われてます。また、運転体験も先着

順で行われ、これは免許がなくても、運転士の指導の下で運転ができます。私も運転しましたが、難しいです。先の試験でも運転をしましたが、何をどうしていいのかわからなくなってしまいます。体験のほうでは、運転士の指示で動かして何とかこなしました。

また、小学生の男の子が上手に運転をしていて、免許も持っています。この近くの小学生で、永く常連で来ているようです。それで運転がうまいのです。

運転会は、15時まで行われ、15時の最終便に乗りましたが、最終便が戻る前に脱線をしました。急遽降りることとなり、スタッフ全員で復旧作業にあたりました。この鉄道は、人間が走るくらいのスピードしか出てませんので、脱線しても何とも思いませんでした。本物の鉄道でしたら、大惨事で怖い思いをしたのかもしれません。

あっという間の運転会でしたが、また行ってみたいと思います。免許試験は、何度でも挑戦ができますので、今度行った時こそはと思います。

来月の第1日曜日は元旦ですが、元旦でも行われるようです。

23日から27日まで、四国三十六不動尊のツアーにて、巡拝しました。23日朝に大阪梅田で集合し、観光バスで四国へ向けて出発しました。ツアーは13人で、28人乗りのバスだったので、座席は2人分あたり、5日間とも同じ席でした。四国三十六不動尊は、1-14番が徳島県、15-17番が高知県、18-27番が愛媛県、28-36番が香川県にあります。徳島県に入り、四国1番の霊山寺前の四国1番街で買い物をし、(朱印を閉じる専用)バインダーと納め札を買いました。バインダーが1580円でしたが、お寺では1500円で売られていて、定価も1500円でした。80円損でした、悔しいです。四国5番の地蔵寺付近でタクシーに乗り換え、1番の大山寺へ向かいました。ここは、四国別格霊場1番と同じお寺です。ここで最初のお参りをしました。イベントと重なりたくさんの人が来てました。イベントでのぜんざいとお茶の接待を受け、タクシーで移動して、バスに戻り、あわただしく廻りました。2→3→7・8・9・11・10と廻り、10番に着いた時には、17時を回っていて暗くなってました。11番の童学寺は、別格2番のお寺です。36箇所のうち別格とは8ヶ所が重複してます。この日は、徳島市の徳島サンシャインホテルに宿泊しました。夕食のあとの時間で、今月頭にクルーズの旅で知り合った、徳島市在住の女性と会い、ホテルまで車で迎いに来てもらい、JR佐古駅前の喫茶店で話しました。何と同じ系列の会社だったことがわかり、共通する話しで弾みました。店が閉店になり、ホテルまで送ってもらい、休みました。

翌朝、ホテルを出発し、残る徳島県の3ヶ所を廻り、高知県へと移動しましたが、約5時間かかりました。運転手さんおつかれさまです。ほとんどが海の見える国道55号線を走り、きれいな海が見られました。サーフィンをしている人も見られました。高知県の3ヶ所は、安芸・高知市・伊野であっという間に終わり、宇佐の四国36番近くの遍路宿での宿泊でした。

翌朝つまり3日目からは、愛媛県に入りますが、ここから松山まで約3時間の移動でした。松山に入り、18から23番までの6ヶ所を廻り、23番は、石鎚山の登り口付近にあります。ここでは、お寺のお勤めに乗せてのお参りでした。この日は、四国60番横峰寺のバスの乗り換え口前の旅館での宿泊でした。夕食後、先の23番の住職さんが見えられました。住職さんはベテラン参加者の女性と別室で飲まれてました。この旅館には何もないために、10時前には寝ました。4日目の朝、旅館を出て、この日は10ヶ寺のお参りで、24-27番で愛媛県が終わり、徳島に戻り、4番の箸蔵寺(別格15番)のロープウエイ下のうどん屋さんでうどんを食べました。うどんを食べない人からうどんをもらい、大盛のうどんを2人分を食べました、店を出る時には苦しくなってました。その後、徳島県の6・5、香川県に入り、28・29・30番と廻り、善通寺宿坊での宿泊でした。宿坊のため、21時消灯でその時間が過ぎると明かりが消えている箇所があり、部屋の電気も消されてました。仕方なく布団に入りましたが、寝付かれず、10時過ぎに眠れました。朝は5時に目が覚めて、6時から読経で、5時30分には、荷物をそろえて部屋を出ることとなり、15分前に大師堂にはいり、読経を受け、戒壇めぐりのあと朝食でした。香川県の31番から34番まで廻り、中野うどん学校の高松校での昼食休憩となりました。名前を聞いただけで2日連続うどんだと思い、やはりうどんでした。2日連続ということもあって、半分以上がうどんを残されてました。あと、35番・最後の36番へと廻り、最後の36番で手作りおはぎとコーヒーの接待があり、おはぎが美味しくて2つ食べました。最後のお参りが済み満願になったこともあり、おはぎが美味しかったのかと思います。

ここから大阪までバスで戻り、電車で京都へ帰りましたが、帰りの荷物がかなり重くなっていました。不動尊のお寺は、小じんまりとしてアットホームなところもあり、お寺さんからみかんやいろいろなものをもらったりしたため、食べきれないものを持って帰ったためです。それにお土産、納経で重くなりました。

この5日間は雨にあたらずに天気に恵まれてよい巡拝でした。

4日の夜、船に戻り夕食を食べ、そのあと風呂に入って、雨で濡れた靴や服を乾かしました。夜の時間は、船の中で楽しみ、たくさん食べたので、トレーニングルームで運動をして、適当に腹ごなしをして、夜食を食べ、寝ました。次の目的地は、5日の朝に奄美大島です。奄美着は早いので、5日の朝は、5時過ぎに起きて、5時30分の朝食に間に合いました。早い朝食を食べて、7時に奄美に着いて、ツアーバスに乗りました。奄美は雨の予報でしたが、天気はすっかり晴れてました。黒糖焼酎の工場を見学しました。見学後の試飲でいろいろと飲みまして、少し酔いが回ってきました。そのあとは、大島紬村を見学し、大島紬の製造工房を見ましたが、大変な作業で作られていました、泥染めというのがありました。そのあとは、民俗村のばしゃ村で、鶏飯(けいはん)料理を食べました。けいはん料理とは、ごはんに鶏肉の刻みやタマゴやねぎを乗せて、スープをかけて食べるものです。とても美味しかったです。田舎で食べる料理で風情を味わえるとの説明がありました。そこで、京都の私は、けいはん料理だから、京阪電車の沿線でそんな店があったらいいなと思いました。田舎で食べる料理なら、石坂線の沿線なら風情があっておいしく食べられるなと思いました。それはさておいて、奄美は、暑かったです、上着も脱いでましたが汗をかきました。せみが鳴いてました。奄美のあっという間でした。昼前に港に着き、地元の方のセレモニーが行われ、出港時には紙テープを投げて地元の人に別れを告げながら出港しました。ここから、29時間かけて大阪港へと船は動きました。船に入り、マジック教室に参加して、すぐにでもできる手品を伝授しました。その講義中に気分が悪くなり、途中でトイレに走って行きました。そのあとすぐに、カクテル教室に参加しました。カクテルの作り方等を習い、実際に作って飲みましたが、その講義中にも気分が悪くなり、トイレに走りました。そのあと、気分が悪くなり医務室へ、完全な船酔いと診断され、注射を打ち、少し寝たら元気になりました。よくなったところで夕食の時間になり、そのときにはすっかり元気になっていて、食欲も戻ってました。そのあとは、マジックショーを見ました。テレビで見るような、大掛かりなマジックがマジかで見られるのが感激でした。途中で観客の人が確認するところがありましたが、私もステージに上がり、物の確認をしました。箱に人が入り刀を差していくものでしたが、箱と刀を確認しましたが、箱はただの箱で仕掛けもわかりませんでしたし、刀もちゃんとした刀で折れ曲がりやはずしたりできませんでした。しかし、箱に女性が入り刀を差し、また抜いて、箱から女性が無事に出てきました、その次は、柱に女性が立ち、柱と女性の間にワッカを15センチ間隔で10本をつけます。このワッカをつけるのが観客でしたが、私が立候補してワッカをつけました。ネジもきつく閉めました。女性がワッカで閉じ込められた状態になり、大きな布がかぶさると、あっという間に女性が、ワッカから抜けてました。私は、ワッカのネジを硬く閉めたのに何でと思いました。あっという間にマジックショーは終わりました。まじかで見てましたが、すごかったです。そのあとは、ダンス教室に入り、少しダンスをして、夜食を食べて寝ました。次の朝は、ダンス教室に参加して、昼食後、再びカクテル教室に参加し、カクテルを作り、飲みました。そのあとは、お楽しみビンゴ大会がありましたが、私ははずれでしたが、参加賞のみをもらいました。それが終わると最後の夕食を食べ、船とはお別れが近づいてきました。船でも感激生活も最初は長いと思ってましたが、あっという間でした。大阪港に着き、船旅及び船での生活は終わりました。船を降りて、船の大きさに驚きながら、観光バスで京都へと帰りました。

11月3日から6日まで、豪華客船・パシフィックビーナスでのクルーズ及び種子島・屋久島・奄美大島の旅をしました。

船は、11月3日の朝、神戸からの出港でしたが、私は、同日昼の和歌山から乗船しました。

見るからに大きな船でした。出発時にセレモニーが行われました。雨が降っていたために、屋内で行われ、飲み物も飲みながらでした。ここでシャンパンが出ましたが、少し飲みすぎて、少し酔いました。船室に入りましたが、ホテルの部屋と同じでした。3人部屋でしたが、1人で使うことになりました。ここから、贅沢な船旅が始まりました。和歌山を出港して、最初の目的地は、鹿児島県の種子島です。翌4日の朝に着きます。それまでは、船で過ごすことになります。喫茶店では、コーヒーや紅茶、ジュースが無料でした。ティータイムにはケーキも出ました。おやつの時間でティータイムをケーキとコーヒーで楽しみました。船の中を見て歩きました。トレーニングルーム、展望風呂、ショー会場などがありました。夕食の時間になり、レストランで夕食でしたが、洋食で高級料理がでまして、目の前のメニューに沿って、次々と料理が運ばれていきます。ウエイトレスは、半分以上が外国人です。いろいろの国の方がおられました。世界一周クルーズも行うので、そのための人だと思います。夜には、紙ふうせんの音楽ショーが行われ、夜の22時30分には、レストランで夜食が用意され、ミニバイキングでした。麺類も出ました。夜食を食べてお腹がいっぱいになり、部屋で寝ました。一人でゆっくりと寝ました。

翌朝、朝ごはんをレストランで食べ、種子島に着きました。種子島は雨でした、雨の中観光バスで、門倉岬と宇宙センターへ行きました。種子島と言えば、宇宙センターで、そこへ行ってみたかったです。宇宙科学館では、宇宙の博物館のほうに見学をして、売店には宇宙食なんかも売ってました。その間に走る道路は国道58号線で、沖縄に来たような感じがします。あっという間の種子島見物で、昼前に船に戻り、昼食をとり、次の目的地、屋久島で降りました。屋久島では、バイクのレンタルを手配してました。バイクで島を走りましたが、雨が降ってきました。屋久島のトロッコを目的としていましたが、途中から一般車両通行禁止でしたので、雨もきつく降ってきたので、トロッコは諦め、雨の中コースを変更しました。ヤクスギランドと紀元杉と見学しました、道中きつく雨が降り、視界が悪くなり、怖いながら走りました。走っているうちに薄暗くなり、暗くなったところで港近くのバイク屋に着き、バイクを返して船に戻りました。戻れば、すっかり暗くなっていました。屋久島の景色は、雨で十分に堪能ができませんでした。

9日の朝、眠たい中起きて、お風呂に入って、あおば通まで歩きました。繁華街を歩きましたが、店から従業員が仕事を終わって出てくる姿が見られました。

仙台から東北線で松山町へ、ここから徒歩35分ほどのコスモス園に行きました。ここでは、人車トロッコがあり、幻のトロッコと称する乗り物でした。この人車は、年3日の運転で、この日は、今年最後の運転でした。このツアーの1番の目的がこの人車でした。この人車には、1時間前から待っていました。始発の10時に2人の学生が人車を押して回送し、乗り場へと移動してきました。待ちに待った人車トロッコになると、2人の学生さんが前と後に分かれ、トロッコを動かしています。トロッコの中は、古い感じが漂います。3分くらいのところで折り返し、来たところを戻っていきます。トロッコは、ピストン運転でお客様を降ろし、乗せ、動いていきます。私は、タクシーを呼び松山町駅へここから東北線と阿武隈急行に乗り、やながわ希望の森公園駅まで移動し、この駅の西口からSLが東口まで走ってます。駅から徒歩5分くらいの西口駅でSLが出たところだったので、徒歩10分くらいの東口へ移動して、SLに乗ることができました。SLは6分で西口へ移動します。SLは黒い煙をふかしながら走っていきます。西口に着くと、客車と切り離し、転車台に乗せて半回転して、反対に付け替えます。これを見てSLが発車すると、阿武隈急行に乗り、次の目的地の船岡まで移動しました。槻木でJRに乗り換え1駅の船岡駅から、徒歩15分の船岡城址公園を上るとスロープカーがあり、それの最終に何とか乗ることができました。それで300メートル上がり、下りが出るまでの15分間で山の上を見物し、山頂の看板があるところに行き、景色を堪能しました。下り最終のスロープカーに乗り、徒歩で駅まで戻り仙台まで戻りました。この日は仙台から東京まで夜行バスでの移動でした。仙台駅で時間があったのと風呂に入るために、JRで1駅の長町へ行きました。仙台からバスに乗りましたが、1番前の通路側でほとんど寝られませんでした。2時ごろから1時間少しだけ寝ることができました。3時過ぎに埼玉県の蓮田で休憩を終わって、眠れたかなという時にバスの照明がつき、池袋に着きました。あっという間に東京都区内に着きました。すぐに新宿に着き、そこで降りました、4時30分でした。その日の予定は決めてませんでしたが、とりあえず中央線に乗ることにしました。中央線の中で予定を決めました。山梨県の南清里と野辺山に行くことにしました。当初はこのどちらかをぼんやり計画してましたが、新宿に着いたのが早かったことと、小海線に臨時列車があることで、2つとも行けることとなりました。中央線で高尾で乗り換え、長坂駅に着き、ここからうまい具合にバスがありました、バスと徒歩で南清里の道の駅へここからスローブカーで南八ヶ岳花の森公園へと、最高の勾配が25度ありかなり上のほうまで移動しました。公園には、温室といろいろなカボチャが展示・販売をしてました。公園を見て、スロープカーで降りましたが、バスが14時くらいまでないので、タクシーで清里駅まで移動しました。15分ほどでしたが、迎車料金が入っていたのでかなり高かったです。清里駅から小海線の臨時列車で1駅、この1駅の間に県境、JR最高地点を通って、JR最高駅の野辺山駅に着きました。ここから、徒歩20分くらいの野辺山SLランドへ行きました。ここは、小さなところでしたが、本格的なSLが走ってます。このSLに乗りました。SLは1周6分くらいでしたが、黒煙とSLならではの音が何とも言えませんでした。ここを見学して、野辺山駅にもどり、臨時列車で小淵沢へここから中央線で塩尻へここから臨時快速で木曽路を見ながら、名古屋へ、きしめんを食べて、東海道線を乗り継いで京都へ帰りました。

4日間ハードスケジュールになりましたが、いろいろな乗り物に乗れて、いい旅でした。7日の東北線が強風で遅れた時は、この先どうなるのかと不安が募りましたが、あとは、順調よく計画が進みました。

何よりも4日間とも天気に恵まれたのが、よかったです。

8日の朝、ホテルを出ると目の前が横手駅、ここから奥羽線で新庄方面行きに乗り、真室川で降り、ここから徒歩45分のところの梅里苑に向かいました。ここに、トロッコ列車があり、土休日の11時と13時と15時の3回運転しています。ここに着いたのが、9時30分くらいだったので、11時まで時間があったので、ここの温泉に入ることにしました。温泉を出ると、いい時間になっていて、トロッコ列車も停車していました。トロッコの時間になり、トロッコに乗り、森の中に入り、1周1100メートルを10分で走りました。途中に駅が2つありましたが、これは非常用でした。10分間あっという間でしたが、楽しかったです。

ここから、真室川駅まで歩き、次の目的地の仙台市の愛子(あやし)へと移動しました。ここから奥羽線に乗り、新庄で乗り換えで、1時間以上時間があったので、駅前の縁日を見ました。その中に、お米のコーナーがあり、500粒を当てるところがあり、前後30粒までなら、米がもらえました。たくさんの人が並んでました。前の人が何人かが前後30粒までで、米をもらっていました。私の番が来ました。米を多くとりすぎて、はずれでした。新庄から再び奥羽線に乗りました、ここからは新幹線も通ります。山形まででしたが、新幹線と2回すれ違いました。山形から仙山線に乗り換え、山寺駅に差し掛かった時に、駅から見える山寺を見ました。テレビでやっていたのですが、山の上にお堂があり、車窓から肉眼で見えましたが、すごく高い位置にありました。愛子駅まで移動し、ここから徒歩で30分くらいの佛国寺へここには、お寺のスロープカーがあるとのことでした。お寺に着き、お目当ての黄色いスロープカー(ナムナム号)が停まっていました。運転はセルフのようで、スイッチを押しても動かなかったので、着いたのが17時2分でしたので、17時で止まったのかなと思い、お寺に電話をして問い合わせると、17時で止めました。とのことで、遠くからはるばると来たということで、お願いすると、住職さんが動かしてくれました。お目当てのスローブカーに乗り、降りたところにおられた住職さんに御礼を言って、上にある大仏さんをお参りして、住職さんに無理をお願いして、降りるのもスロープカーをお願いし、スロープカーでありました。降りてすぐに、電源が落とされました。ここから仙台に移動し、夜は、仙石線の代行バスに乗ってみることにしました。代行バスは、松島海岸から矢本まで、矢本まで行きました、代行バスで県道を通ると、震災の爪あとが見られました。矢本駅で折り返し、再び代行バスで松島へ、電車で仙石線終点のあおば通へここから繁華街を通って、宿のカプセルホテルに行きました。この日は、ホテルの予約が取れず、何とかカプセルホテルが取れました。次の日が松島マラソンが行われるからでした。その前泊でホテルがいっぱいでした。何とかホテルに宿泊をして、疲れを取ろうとしましたが、落ち着いて寝られませんでした。(つづく)

6日の夜から10日までの4泊5日で、東北・甲信越フシギ乗り物ツアーに行きました。今回は、1人旅ですが、ツアーという名称にしました。

6日の夜に京都から仙台まで、夜行バスで移動しました。バスは12時間かかりました。途中、4ヶ所で休憩をしました。7日の朝に仙台に着き、仙石線に乗り、松島海岸へ行き、ここから代行バスで高城町へ移動しました。仙石線は、高城町から矢本まで不通のため、代行バスでの移動となります。松島海岸からのバスは国道45号線を通り、松島の景色を見ながら移動しました。高城町から東北本線の松島駅までは徒歩15分くらいのところにあります。道を間違えて反対の奥松島のほうへ歩いてました。松島駅から東北本線に乗ったのが1時間遅れました。

ここから岩手県の小岩井農場へ移動するために東北線に乗りましたが、強風で電車が送れ、一関で乗り換えて、盛岡まで普通電車で移動の予定でしたが、遅れのために一関で乗り換え不可能になったために、一関から北上まで新幹線にのり、北上発の普通電車で盛岡まで移動し、盛岡からはバスで移動しました。バスで40分くらいで、小岩井農場に着きました。ここでは、馬車のトロッコ列車(「トロ馬車」)を目指しました。馬車の切符を買いましたが、係員さんがいなかって探しました、しばらくすると草を積んだトラックが来て、馬の餌と思われる草でした。運転者さんが降りてきて、馬車の切符を見せて尋ねると、その運転者さんが馬車の準備をしてくれて、馬車の運転手?に変わり、馬車に乗りました。馬車は私1人でした。馬車は、線路に沿って歩いていきます。馬車が発車するとすぐに馬が止まりました。すると運転手さんが馬のお尻にちり取りを出してきました。すると馬がおしっこをしました、このちり取りで受けていました。おしっこも大量に出てました。終わると馬は動きました。馬車は、1周450メートルを歩いて、トロッコを引きます。8分かかりました。そのあと農場内を見て歩きました。羊や牛が飼われていました。羊製品の即売もありました。小さな博物館もありました。小腹が減ったので、せっかくだからジンギスカンを食べることにしました。ジンギスカン焼きそばを食べました。終わったころにバスの時間が近づいてきたので、バスで盛岡に戻りました。盛岡からは、東北線で北上へ北上からは北上線で横手に移動しました。この日の宿泊は、横手駅前でしたが、湯沢と勘違いして、ここから奥羽線の湯沢行きに乗り、湯沢まで乗りましたが、電車を降りると寂しいところだったので、確かめました。横手であることがわかり、すぐに戻りました。先の電車がすぐに横手に折り返すので、それで戻りました。横手に着き、出口を出てすぐのホテルに入りました。そこでチェックインして、温泉とウエルカムドリンクの券をもらい、駅裏の居酒屋に入りました、秋田美人と言われる、女将さんが、カウンターへ案内し、ウエルカムドリンク券でビールをとり、お茶漬けを注文しました、そしたら注文もしていない、ピーナツと焼き魚の小鉢が出ました。これは、突き出しかなと思って、食べました。お勘定をすると、ピーナツと小鉢は女将さんのおごりでした。ホテルの券を持っていたことから、女将さんにどこから来たのか聞かれました。「京都からです」と答えると、「秋田で泊まるのは初めて?」と聞かれ、実際秋田県で泊まることが初めてでしたので、「そうです」と答えました。それで、女将さんのおごりになったのかと思いました。店を出て温泉のほうに移動しました。温泉に入り、ホテルに戻って、すぐに寝ました。(つづく)

9日の朝、釜山より対馬行きの船に乗りました。対馬・厳原港まで3時間で着きました。下船後、検査場で税関職員に「日本人とは珍しいですね。」パスポートを見て、「京都府ですね。出国は下関、入国がここ(厳原)ですか?」「どうして、このルートを使われたのですか?」と尋ねられ、ただ、対馬の観光をするためと答えました。なぜ?と思いました。職員が、「ここは、98%から99%が韓国籍の人が利用しますよ。日本人は、100人に1人くらいですよ。」と言われました。日本人がここを使うのが、珍しいのかなと思いました。厳原で、港周辺を歩いて観光しました。金石城あとと万松陰と見て、漁火公園の足湯に行こうとしましたが、道がわからなくなり、諦めました。対馬では、3時間弱の観光でした。ここから博多行きのフェリーに乗りました。博多までの所要時間は、5時間です。途中、壱岐に停まります。壱岐では15分の停船です。その時間を利用して、降りて写真を撮り、すぐに戻りました。壱岐の滞在時間は、4分でした。島滞在の最短記録更新です。ちなみに、過去の短い滞在時間だった島は、沖縄県の黒島で10分、熊本県の天草で15分でした。博多に着くと暗くなってました。宿までバスに乗りました、バスの中から歩道に屋台のラーメン屋さんがたくさん見られます。それを見ながらバスを降り、宿に入りました。夕食を食べに博多駅周辺まで歩き、屋台のラーメン屋さんよりも店のほうがいいと思い。店に入りました。博多ラーメンと高菜ごはんを食べました。宿に戻りました。翌朝5時前に起きて、風呂に入り日が出ないうちにチェックアウトして、博多駅まで歩きましたが、昨晩にあった屋台のラーメン屋さんがなくなってました。夜の営業が終わると、かたずけるのだなあと思いました。毎日の営業するのが大変だなあと思いました。博多からは、JRの普通列車に乗りました。博多6時発でしたが、乗ってすぐに爆睡状態になり、気がつけば西小倉でした。次の小倉で下関行きに乗り換え、関門トンネルを通って、九州をあとにしました。下関から新山口は、新山口で岩国行きに乗り換えました。この電車は、途中の徳山で17分停車でした。徳山着5分後に発車する、岩徳線の岩国行きに乗り換えました。岩徳線は気動車です。気動車の雰囲気を味わいました。岩国へは、先の電車よりも4分早く着きます。岩徳線は、徳山の次の櫛ヶ浜から岩国までで、山陽線よりも距離が短いです。岩徳線は単線・気動車で時間はかかりますが、ダイヤによっては、岩徳線経由のほうが早く岩国ないし徳山に着くのです。ちなみに、この区間の運賃は、山陽線を使っても岩徳線経由で計算します。岩国から再び山陽線で、宮島口まで、ここからフェリーで宮島へ移動しました。船にはたくさんの人でしたが、車は1台も乗ってませんでした。安芸の大鳥居がよく見えるところを通って宮島に着きました。厳島神社を見て、フェリーで宮島口へ、ここからひたすら山陽線に乗りました。岡山からたくさんの人が乗ることを予想し、岡山以西発の兵庫県行きに乗りました。山陽線・倉敷から乗りましたが、窓際の席に座りました。やはり岡山でギューギュー詰めになりました。駅に着くたびに少しずつお客様が降りていきますが、立っている人も多いです。相生で降りて、新快速に乗り換え、京都まで帰りました。

今回は、天気に恵まれよき旅ができました。