みなさん、こんばんは。
グレゴリー・サリバンです。
さて、今日はも、前回の続きで、「コンタクト」変容へのカウントダウンについてのお話です。
みなさんに知ってほしいことばかりです。ぜひ、真実を知ってください。
~ 宇宙人とのコンタクト ~
この本は20世紀末期と21世紀初頭の惑星間のコンタクトの先駆けとなった人々にとってどんな状況だったかを世界の人々に伝えています。ですから、近未来には人類の文明と非人類、あるいは宇宙人の文明とのコンタクトが増加して新しいパラダイム(範例)が生じます。かつては一般大衆が利用出来た事を凌ぐものです。1990年以来、これらCSETIの探検のなかで、非常に多くの人々を巻き込んだ目撃や個々の遭遇がありました。非常に多数のこれらの探検では、先進の宇宙の知的存在との異例で尋常でない交信、目撃や出現がありました。
~ 現象 vs 知的存在の発現 ~
これらの出来事に関して“現象”という言葉を使わないことについて、ここで説明したいと思います。まず、現象は神秘的な事を意味する一方、話題のコンタクトはもう知られていますし、部分的に理解されています。次に、しかも最重要な点ですが、“現象”という語は稲妻や気候現象などの自然の出来事に関係し、つまり、自然の成り行きとして無作為に起きるものです。地上の特定の場所に宇宙の知的存在を計画的に招いたので、相互作用の体験は現象とは呼べないのです! 彼らが私たちの意図に答えてやって来る場合、それは“遭遇”です。とりわけ、それは第五種遭遇に近い、あるいはCE-5で、人類発あるいは協同のコンタクトを意味します。ですから、単なる何か無作為な自然現象ではないのです。先進の知的存在が宇宙で実際に出現しています。この理由から、これらの出来事を“現象”に対して“知的存在の発現”と呼んでいます。それらは広範なカテゴリ-を包含しているので、簡単に要約しましょう。
知的存在のこれらの発現には、接近距離の宇宙船の完全出現から私たちのまわりに変則的な四方八方から発する音まであります。野外のグル-プではCSETIの音を大気圏に発信すると、異例の音が返って来ました。1990年代の初頭、イギリスで最初に起きた時は、無線発信器を使ってそれらの音を宇宙へ発信しました。暫くすると、グル-プは現地ではない意識の状態となり、宇宙船を現地まで誘導しました。風が吹きすさぶ丘へ音を数分発信すると、数分後には音が戻って来ました。それは変則的な現地ではない音でした。音源を探る事は出来ませんでした。「我々は皆さんの送信を受け取っていますし、何をしているかモニタ-しています」と言っている彼らの返事だったのです。それは自然現象ではなく、私たちの合図を受け取った返事として、宇宙の文明世界からの交信だったのです。偶然にもマルコ-ニが同じ丘から最初の無線送信をした同じ丘でした!
~ 計画的なコンタクト ~
音の送信は当時の場所に安全で相応しいと思われる何らかの方法で宇宙の文明世界と交信するために人類が計画して実施したものです。CSETIのプロトコルの一部として常にこれらの録音した音を彼らに送信します。光から音や物体まで無数の知的存在やテクノロジ-の形でコンタクト出来ます。
~ 物質化とニュ-トリノ(中性微子)の光 ~
時には物体は完全な形を取らない事もありますが、それらは可視化して煌めく光を放っています。“閃光”とはある科学者が“ニュ-トリノの光”と名付けたもので、直線状の時空の構造にぶつかる先進の次元間テクノロジ-に相当します。別の物体は十分可視化してはいますが完全な“固体”ではない物体としての宇宙船としてそのまま見る事ができます。“直線状の時空凝固体”あるいは、直線状の時空と物質的宇宙の構造の凝固したものと呼ばれるものから僅かにスピン変化するので、その中を通り抜ける事が出来るでしょう。これらはCE-5のイニシアティブ状況の中で全て起きました
~ 宇宙の知的存在研究センタ- ~
1990年に私は宇宙の知的存在研究センタ-を設立しました。私はこのテ-マを機密扱いでない世界で起きている事を調査してから、“空の観察”を続ける多くのグル-プや出来事が起きた後で文書で立証する回顧の取り組みが沢山あることを知りました。例えば、世界中の様々なUFOグル-プは昨夜、あるいは先週UFOを見たという誰かから報告を入手します。でも、特定の平和的、外交的、自由な交信の目的でこれらの訪問者とコンタクトをリアルタイムで意識的に試みようとする事は地上では何も起きていませんでした。国連においてもありませんし、ましてや機密プロジェクト内でもです。というのは、あるのは全て彼らを打ち落とす事を目指しているからです。合衆国の国務省、あるいはヨ-ロッパの外務省、あるいは地球上の他の国々の何処にも平和的な試みは行われていませんでした。
~ アイゼンハワ-1954年ETとの邂逅 ~
そこで、私たちが先進の宇宙の生命体の訪問を受けているという決定的な証拠を入手してから60年後、当時まで地球上でこれらのET達に自由に近づいて交信する仕事をしたグル-プはいませんでした。1950年代に行われた試みは多国籍の産業や経済の利害によって速やかに禁止されました。私たちにヨ-ロッパの防衛省から文書が届いて、アイゼンハワ-大統領が1954年にエドワ-ド空軍基地の近くで宇宙人たちと会ったのを直接目撃した証人の事に触れていました。軍・産業複合体は大統領が宇宙人との邂逅について発表して欲しくなかったのです。そこでアイゼンハワ-大統領の試みにも拘らず、自由なコンタクトは失敗しました。
~ SFそれともドキュメント? ~
オリジナル映画「The Day the Earth Stood Still」をご覧になると、アイゼンハワ-の頑張りが消えたかを理解するでしょう。映画はB級ですが、そこには素晴らしいメッセ-ジがあります。合衆国の国務省内のある密かな私情によって映画のプロダクションを支援さえしたのです。その映画に隠されたメッセ-ジは温和で、さらに大切な実に賢明で先進の、しかも進化した宇宙人が地球とコンタクトしようとしているのです。このコンタクトは大量殺戮の武器の開発に必要だったのです:原子と水素の武器です。宇宙人はコンタクトを望んでいました。相互に平和に、共に平和に生きる道を私たちが見つける事を望んでいたのです。宇宙人の初期の時代では破壊が私たちの進む方向で、彼らはその事を知っていました。「The Day the Earth Stood Still」の中で人類が暴力的な軍隊でETの使者に応じました。恐怖、攘夷、偏執狂感から彼らが理解しないことに反応して、この軍事的反応は今日まで続いている甚大な悲劇となりました。
~ 進化の中断 ~
不幸にも、私たちは巨大で巧みに隠された産業と経済の利害関係の回廊地帯の権力による略奪を奪回しませんでした。これらの利害関係は私たちの経済や技術進歩、それによる人類の進化の中断と同じようにETの話題を奪い取りました。60年間、この権力による略奪は他の惑星系からの訪問者との平和的なコンタクトのみならず、先進のテクノロジ-を使う文明と共にこの惑星で平和に生きる人類の可能性をも妨げて来たのです。これらの新しいエネルギ-やテクノロジ-は地球の生物圏にダメ-ジを与えることなく、莫大な豊かさを生み出します。所謂“UFOs”に使用されているエネルギ-と推進システムは莫大な量のパワ-を生み出すために大気を消耗することはなく、その事は半世紀以上も解っていました。
~ 未来のことですか、追いつきますか? ~
多くの人々はCE-5新規構想を未来のことと考えていますが、実際は人類の進化が50~70年前に計画されていたところへ追いつこうとしています。CSETIの取り組みに関するほかのプロジェクトにも同じ事が適用出来ます:the Disclosure Project, AERO Inc.(AERO社の開示プロジェクト) そして、The Orion Project (see www.TheOrionProject.org)(オリオンプロジェクト) 1954年に人類の進化が略奪されて、グロ-バルなcul-de-sac(行き詰まり)になり、以来、周期を回り道し続けて来ました。この結果は地政学的不安定状態、オイル戦争、生物圏の退化、地球温暖化、氷原融解、環境破壊と社会の崩壊です。
これには世界の80%の人口が極貧生活をする不平等と擁護不能の状況が含まれます。惑星の基本的な作用システムが必要とするzero-sum game(零和のゲ-ム)、つまり、内部燃焼エンジンと化石燃料は何十年も前に消えてしまう筈でした。
翻訳:高橋紀子