思考方法の相違に連動した教え方 

前回記載した、テンプル・グランディンの「ビジュアル・シンカーの脳」という本を読みつつ興味が湧いた思考方法の相違について、ネットで調べてみると、次のようなサイトが見つかりました。

https://embrace-autism.com/thinking-styles-in-autistic-people/

 

このサイトでは、自閉症の人(autistic people)の思考スタイルについて簡単に説明しています。

日本語訳の「ビジュアル・シンカーの脳」では、言語思考、物体視覚思考、空間視覚思考と訳されていますが、上記英語サイトでは

verbal/logic thinkers

visual thinkers

music and math(pattern) thinkers

と書かれています。英語の方がわかりやすいかもしれません。

 

米国の教育はverbal/logic thinkersに最適化した方法で実施されているそうですが、日本でも同様だと思います。学校教育の教え方がverbal/logic thinkers向けに作られているので、多くの言語思考者にとっては適しているのでしょうが、物事を物体視覚的に考える人にとっては、苦痛で、ついていけないのかもしれません。

 

これは、学校教育を標準化、画一化した結果生じている弊害だと思います。

トッド・ローズ オギ・オーガス著 「ダークホース」という本の中に、以下の記述があります。

 

最初に我々は「働き方」を標準化し、次に「学び方」を標準化した。その後、標準化された職場と教育システムとを統合し、標準化された出世の道を樹立した。こうして、幼稚園の門を初めてくぐる日から定年退職の朝まで、我々が通過する道のりのすべて、つまり人間の一生の全てが標準化されてしまった。

 

働き方の標準化で思い出すのはヘンリーフォードが確立したT型フォードの工場です。フォードがベルトコンベアを使って効率的に自動車を作る方法を考えだしたことで、企画化された、性能の良い、そして価格の安い自動車が大量に生産されるようになりました。そのおかげで一般大衆でも自動車を買えるようになり、とても便利になりました。しかし、工場を効率的に運営するためには、労働者の働き方も生産方式に合わせて標準化させる必要がありました。そこでは、人間の個性よりも、標準化の方が優先されたことになります。

 

工場の働き方だけでなく、人間の教育までもが標準化され、画一的になっていきました。(起立、礼などと叫ぶ)日本の(軍隊式)教育スタイルは、まさに標準化、画一化の最たるものと言えるでしょう。そして、その教育スタイルは、おそらく、verbal/logic thinkers向けに最適化されていたのだと思われます。

 

もし、すべての子供達がverbal/logic thinkingに簡単に適応できるのなら、それで良かったのかもしれません。ですが、そのような思考方法に適応できない子供もいます。verbal/logic thinkingが苦手なタイプの子供はとても苦労することになります。その結果、落ちこぼれたり、いじめられたり、登校拒否したりするのではないでしょうか。

 

それに対して、もし、学校教育が子供たちの思考スタイルを理解して、それぞれのスタイルに合わせた教育を提供できたら、事情は一変するのではないでしょうか。子供の個性に合わせたオーダーメイドの教育スタイルを実践できたら理想的です。そんなことが可能でしょうか。

 

私は、中長期的には、十分実現可能性がある、と考えています。そして、現在でも、セミオーダー的なスタイルなら可能です。Youtubeを探せば、さまざまな講義スタイルのビデオが見つかります。子供の特徴にあったスタイルの教育ビデオが見つかるのではないでしょうか。さらに、生成AIといったものも出現しました。これは画期的だと思います。ChatGPTをうまく使えば、オーダーメイドの先生のような役割を果たしてくれます。

 

visual thinkingとか、pattern thinkingといった思考方法については、まだまだ研究が遅れている分野だと思います。このような思考方法をする人々は、会話の苦手な人、言語化が苦手な人が多いようなので、自分たちの考え方をうまく発信できない可能性があります。

 

しかしながら、visual thinkingやpattern thinkingには、大きな潜在的可能性があります。これまで研究されていなかったからこそ、今後研究が進めば飛躍的な進歩や大発見に繋がるかもしれません。

 

テンプル・グランディンは「ビジュアル・シンカーの脳」において、visual thinkingの優れた才能や、verbal thinkersとvisual thinkersとの協力によって、素晴らしい成果が生み出されてきたことを、その具体事例を数多く紹介しています。

 

我々は自分とは異なるタイプの人に対して偏見やネガティブな感想を持ちがちですが、タイプが異なるからこそ、互いが協力することで、自分一人では思いつかないような発想や発見、そして成果を生み出すことができるのではないでしょうか。