思考方法の多様性を尊重すべし 

今をときめくカリスマ起業家のイーロンマスクが自閉スペクトラム症であることをご存知でしょうか。イーロンマスクは、米テレビの人気コメディー番組「サタデー・ナイト・ライヴ(SNL)」に出演し、自らがアスペルガー症候群(言葉の遅れがない自閉スペクトラム症)だと公表したそうです。​​​

 

イーロンマスクはその症状のせいで、学校時代に散々いじめられ、階段から突き落とされて大怪我したこともあります。一方、視覚的な記憶力に優れており、学校と近所の図書館の本を読み尽くし、百科事典を2セット読破したとのこと。何事も写真で撮ったかのように詳細に記憶していたらしいです。

 

一般に、物事を思考する際、多くの人は言語を使って考えます。これを言語思考としましょう。多くの人は言語思考によって思考しますが、異なる思考方法をする人もいます。テンプル・グランディンは「ビジュアル・シンカーの脳」という本の中で、視覚思考(visual thinking)する人について記載しています。著者本人が、自分は自閉スペクトラム症であり、視覚思考者だと述べています。自閉スペクトラム症の人は言語で思考するのではなく、視覚で思考する人が多いそうです。

 

視覚思考は2つに分類され、物体視覚思考と空間視覚思考に分けられるとのこと。物体視覚思考する人は写真のように正確なイメージで世界を見る人で、連想するイメージを視覚記憶のファイルから見つけて、そのイメージにアクセスし、問題を解決するそうです。代数が苦手ですが、建設、組み立てのような作業が得意で、グラフィックデザイナー、画家、建築家、機械工学士などに、このタイプが多いそうです。

 

空間視覚思考する人は、パターンと抽象的な概念で世界を見る人で、音楽や数学が得意で、統計学者、科学者などに、このタイプがいるそうです。

 

言語思考する人は一般的な概念を理解するのが得意で、時間の感覚に優れています。子供なら、プリントをきちんと整理してバインダーに挟むタイプです。問題に対して講じる対策を明確にして、問題を解決します。声に出さずに自分の心に語りかけ、自分の世界を構築します。メールをさっと書いて、そつなくプレゼンをこなします。口が達者で、几帳面で、社交的です。教師、弁護士、著述家、政治家、企業の管理職などです。

 

おそらく、数の上では言語思考者が多いでしょうし、社会的にも言語思考タイプの人が好まれる傾向にあるのではないでしょうか。そして、教育現場では、「人は誰でも言語思考タイプである」という前提にたって、カリキュラムが組まれていたり、先生の指導方法が、言語思考を中心とする手法になっているのではないでしょうか。

 

というのも、私自身、物体視覚思考という思考について知りませんでしたし、学校の授業は言語思考を前提にしていたように感じます。自分の幼い頃を振り返ってみても、社交が苦手とか、言葉がうまく出てこない、とか、代数が苦手、といったタイプの子供は疎外されたりイジメの対象になることが多かったと思います。

 

学校の先生や子供の両親が言語思考タイプだとすると、物体視覚思考の子供がどのように世界を感じているか、という点についてうまく想像できないのだと思います。自閉スペクトラム症という言葉をネットで調べると、そのネガティブな症状について記載した情報が出てきますが、その人たちが、どのように世界を見ているのか、物体視覚的な思考をしているのかもしれない、という観点での情報はありません。そもそも、物体視覚思考という概念自体、ほとんど知られていないようです。もっぱら障害として扱われており、思考形態が異なるという点は考慮されていません。

 

脳の仕組み、働きについて、まだわかっていないことがたくさんあります。思考の方法、あるいは、アプローチの仕方という点についても、ほとんど手付かずの分野ではないでしょうか。テンプル・グランディンは「ビジュアル・シンカーの脳」において、3つの思考方法に分類していますが、研究が進むと、もっと数多くの手法に分類できるのかもしれません。

 

思考方法に関しても、多様性の尊重が必要だと思います。大半の人が言語思考者だとすると、世間は言語思考を前提としてルールを決めがちで、それ以外の人は知恵が遅れているとか、障害を持っている、というネガティブな見方になりがちです。一律の思考方法を押し付けるのではなく、自分とは異なる思考方法や思考様式を持つ人の個性を尊重することが、各人の個性を成長させ、才能を伸ばすことに繋がるのではないでしょうか。

 

視覚思考と言語思考、思考方法の多様性を意識しましょう。言葉をうまく話せない人がいても、それを見下すのではなく、自分とは異なる思考形態を持っていて、自分にはない才能を保有しているかもしれない、と考えてみましょう。そうすれば、その人について、違った見方ができるようになるかもしれません。