いま考えることは、新常識というキーワードが世の中に浸透しつつあるが、

実のところ、上手く展開していけるのかが少々疑問。

長い歴史の中で育まれてきた「常識」が、そんなに急展開をして大丈夫なのか。

「常識」は「常識」としてこれからも捉えてもらいたい。

単純に「新」を付けるのではなく、新しい単語で示すのが妥当のような気がする。

 

ダラダラこれ以上能書きをたたくのはやめて、これからの在り方や極端に言うと

覚悟が必要な世の中になるのではないかを少し紐解いてみたい。

いま有能な方々が、気が付くと命を失っている現実や、何とかやり繰りはしているが、

実際の売上が見えないまま時を過ごしてしまっている企業。

もちろん気持ちだけはポジティブにはなれるが、現実を直視し落胆する場面が今まで

以上に沢山増えている。

 

近年、格差社会になった世の中が、この災害を乗り越えられない大きな壁となってしまっている

ような気もする。

富裕層は、極論コロナ騒動になってはいるが本音、どうにでもなるだけの体力がいろいろな意味

である。

その他というと、ギリギリで頑張ってきた層は、早々にお手上げ状態になり、何となく頑張れて

きた人たちは、緊急事態宣言後に半年間は何とか繋いでくることはできてきたが、

来月(10月)に入り、ここから半年間は本当の意味での勝負所となる期間を迎える。

僅かな預貯金も含め、助成金・補助金などあらゆる制度の申請は認められ入金はされてはいる

ものの、結論的には焼け石に水。

 

今度の追加制度も見込めないいま、本業の売上も見込めず、出口が見えない長いトンネルに入り、

この大不況をどう乗り越えられるか、検討もつかないまま時だけが刻まれていく。

最近のニュースを見ても、犯罪が増える一方いつまでも平和ボケをしている大半の人たちが

当事者になると決まり文句のように「憤りを感じる」と発言しているが、諸外国の防犯防止基準

からすると、確かに監視カメラ的なものはたくさん設置をされているが、当事者の対策が不十分

な気さえする世の中になってきた。

 

ちょっと目線を企業に移してみたいと思う。

いま、どの企業も取り組んでいるリモートワーク、なんとも腑に落ちない。

社員の何パーセントを在宅勤務へと、聞き飽きるくらいの勢いでメディアを賑わせている

キーワード。

リモートワーク=自宅への左遷の片道切符としか思えないのは、私だけだろうか?

卑屈、ヤサぐれているなど言われても返す言葉はないが、企業の現状の業績などから考えれば、

体のいいリストラ予備軍ではないかと疑ってしまう。

以前にも述べたようにリモートワークやWebで何かをすることに否定をしているわけではなく、

働く側が納得できるような指示のもとで、そのようなやり取りを果たしてもらいたいと願うだけ

である。

 

本当にこの半年~2年の間に何が起こるのか、本当に新常識というものが根付き人々に

受け入れられるのか、もしくはそれ以上に恐れる自然災害が猛威を振るって襲いかかって来る

のか、なんとも世知辛い世の中になってしまっていることだけは間違えなさそうだ。

 

きれいごとを言うようだが、いまの若者(赤ちゃんから学生たち)が人生の一番の被害者と

なっていることを世間がもっと理解を示してあげて、少しでも有意義な生活が送れるように、

社会がもっと親身になって考え、迅速に行動に移していくことが、これからの未来に明かるい光

が差し込むきっかけになるのではないか。