昨日17日、阪神淡路大震災から26年が経っていた。
1995年1月17日5時46分52秒。
1995年と言えば、自分が会社を設立した年(1995年11月7日)。
総業は1994年5月6日なので、開業から一年も経たないうちの大災害だった。
いつの間にか26年間と思うと月日が経つのは本当に早く感じる。
ある程度落ち着いたタイミングで、兵庫県内にあった研修施設を現地取材に
行ったことを思い出す。
震災後、施設はすぐに近隣住人の被災された方々の避難場所となった。
その時に対処していた施設の責任者の言葉が忘れられない。
受入れに対してのマニュアルもなく、右も左も分からないうちに次々と訪れる
被災者の人たち。 はじめは現地スタッフ総出で試行錯誤の中、一生懸命応対
していたが月日が経つに連れ施設側のスタッフのメンタルが相当ダメージを
受けたことを強調していた。
日頃は、チェックイン~チェックアウトまでの一連の流れの中で業務がこなされ
ているのだが、避難場所としての対応は入所された人たちがいつ退所するのか
期日がまったく分からないまま対応しなければならないことが一番辛かったと
改めて語っていた。
このことをきっかけに、日頃から有事の際の緊急避難場所として研修施設や会議室
が役に立つとわかっていたが・・・
スペースの提供だけではなく、そこで対応するスタッフの人たちも緊急時、スムーズ
に対処できるようなマニュアル作りや訓練も必要だと感じた。
もちろん非常食の常備も言うまでもない。
しかし、氷山の一角のような小さな自分の会社だけではその事を世間に訴えかけても
なかなか響いていかないのが世の常。
このようなことはとても大事なことだとわかっていても、長年業界に関わっていた
のに何もできないまま過ごしてきてしまったことは正直情けない限りだ。
今回の協会構想を温めていたと言うときれい事に聞こえてしまうが、何とか氷山の一角
から「島」(業界集合体)にすることによって、周りからも研修会議施設の存在意義を
理解してもらえるよう可能な限りサポートをしていきたい。
少しでも業界の活性化につなげ、社会貢献の一環を担えればと思う。
