仕事しないでいると曜日感覚がなくなります。時間の概念も薄れてきて、ちょっと整理を試みます。だから写真は皆新しい最近のものの再掲です。ここ、自分のメモ、自慢、愚痴、そんな場所ですので勘弁してください。
いつ救急車で搬送されたのか?2024年の夏の初めでした。2日の夜中に倒れて救急車。2日3日と救命救急センター。4日目の朝に一般の病室に入れました。
幸い手術無しだったので7月中旬には医院の整理開始。患者さんは近傍の専門医4人の先生に分けてお願いして、前受金は返金。カードの限度枠を変えてもらいました。10月最初で患者さんは全部いなくなり、あとは内装撤去とかお役所の届けとか。法律上の閉院は10月31日でした。原状復帰工事などで敷金はほぼ返らず。開業時と同じくらいお金を吐き出しました。
昨年初夏に世話になった方々に最後になるかもの挨拶。肉親に署名とハンコをもらい白菊会入会。そんなで東京行きました。外人たくさんでした。
この辺でだっけ?左膝が痛くなり杖生活になりました。特効薬的な生物学的製剤トルツは8月スタート。副作用はあるような無いような。でも蜂窩織炎になって、風邪ひいたら3か月もぐずぐず。
昨年の秋に前畑満雄先生の見舞いで九州佐世保へ。ほぼ一年前です。風邪引いたのはこの頃。1月いっぱい調子悪かった。
今年2026年は1月に母が死んで簡単に葬儀をして、その後春に、とっくに死んだ父親の最後の勤務地鹿屋訪問。いいところでした。
この後、4月くらいから左膝が良くなったら今度は急に右膝痛がは始まり、手術も考えて夏には大学病室に一本化。まずトルツ開始から太った8キロを減らす作戦。7.8.9.で5〜6キロ減量。あと2キロを12月までに。
で、母が作ったお墓を片付けて子供達の負担を軽減して同じお寺の合葬墓。いずれ私もそこへ、あ、でもその前に解剖体として献体があるからお墓に行くのはは死んでから3年くらい後になります。、
で、フィットネスクラブへ行く家内の車で弁天橋通。雨の中バスで駅。歩こうとしましたがやっぱ雨はダメ。お昼に戻ってゴロゴロ。まぁ、死ぬまで生きる(食堂魚野川の覚張徹さんの言葉)。熱心に楽しく生きましょうか。






