「学校」を整理してみようと、ノート代わりに書き出したブログですが、表題だけでは整理にもならいない事に気づき副題を入れていくことにしました。学校に通うことによって学校に付随する諸々(これを「学校文化」と規定して)を通過儀礼的にも体験して社会に出ていくコースが一般的ですが、近年「不登校」数は急増しています。一昔前の「登校拒否」が「不登校」になった経緯についても整理する必要がありますが、今日は、副題に沿って書いてみます。

 

 奥地圭子と云う方が「東京シューレ」と言うフリースクールを主宰して、不登校児童・生徒の「居場所」づくりに尽力してきたのは知っていましたが、小学校教師だった奥地が我が子の登校拒否に直面してフリースクールを立ち上げ、その後は登校拒否・不登校問題のオピニオンリーダーとしてマスコミにも登場し、著書も多数ありますが、私には今一つ解せない部分がありますので、その辺を整理してみます。

 

 奥地の著書の一つに「不登校は病気ではない」がありますが、もはや病気か否かと言った次元での話では収まらない現実であることは明らかでしょう。指定の学校に行けない児童・生徒に奥地が用意したフリースクールなら行けるというケースはあっても不思議ではありません。時間割に従って流れていく学校に対し、フリースクールでは「何をするかも自分で決める」に代表されるように学校とは違う価値観での「居場所」を売りにしてきたようですが、「学校に行くか」「シューレに行くか」の決定権も児童・生徒に委ねるのか?保護者に委ねるのか?が、不明です。

不登校の児童・生徒とその保護者の「思い」は必ずしもぴったり重なることの方が少ないのではないでしょうか。児童・生徒にとっては「学校」も「シューレ」も同じ「行くべき所」でしかないようにも思いますが、「一定時間子どもは親から離れたところで預かってもらう」のが学校の起源でもありましたから、保護者には「学校は無理でもシューレには行って欲しい」と思うのも自然です。

 そう言った観点からすると奥地が切り開いたフリースクールは、学校に代わる子どもの「居場所」が主眼だったと言えましょう。当然のことですが、学校にもフリースクールにも行けない子どもも多数いますから、ある意味フリースクールは学校を補完する便利な場所として、文科省はじめ行政も「おんぶ状態」と言うのが客観的な所ではないでしょうか?

 

 前話でも触れましたが、急増する不登校児童・生徒に呼応するかのように進学先高校として広域の「通信制高校」が急増しています。リモート授業等で「登校を必要としない時代だ」という評価もありますが、「郵政民営化」の小泉改革(悪)以来「民にできることは民に」を合言葉にあらゆる分野で「民」と言う名の「公」の丸投げがまかり通って来ています。「学校よお前もか!」が角川ドラゴンが参入して開設した通信制高校「N高校」ですし、フリースクール「東京シューレ」もいつしか「東京シューレ葛飾中学校」と言う公教育の市立中学校に格上げ?されていますから、奥地も働きかけての成果でしょうが、安易に「公金」による学校経営に乗り出したというのが私の視点です。登校拒否・不登校児童を対象に私立学校を経営しようとは「開いた口が塞がらない」訳ですが、既に国鉄・郵政の民営化の答えも出てきている状況で、「民」を旗印に学校にも民が公金を引き出して乗り出すことに奥地圭子はその先導役を演じていることを指摘しておくことは必要でしょう。