俺と右膝の関係
俺には子供の頃からの夢がありました。 それはプロサッカー選手になること。 ポジションはゴールキーパー。 でも、背が170センチしかなく、他のキーパーよりもハンデが大きかった。 だから「小さかったら高く飛べ」をモットーに肉体を鍛えぬきました。 中学に引続き高校でもレギュラーにもなり、順調に行くと思いましたが、その頃から右膝が悲鳴をあげるようになる。筋を痛めて思い通りのプレーが出来なくなり苛立った。 その頃から右膝は俺に語りかけてくるような感じでした。 「そんなに走ったら痛いですよ!」とか「今日はもしかしたら足が壊れちゃいますよ」とか… 俺は「痛いのにゴメンよ でも走り続けないと… 今止まったら自分がダメになっちゃうよ」と答える日々でした。
それでもレギュラーの座は誰にも渡しませんでした。
他のフィールドプレーヤーと違い、髪の毛から足の爪先まで全て武器 俺さえ抜かれなければ失点はないし、負けもない。 そんな思いで、また2つ上の先輩が 清水エスパルスに入団し、活躍した。 それに続けと頑張ってきた… が 右膝は限界 就活でもサッカーが出来る環境の就職先は見つけられませんでした。 高校最後の大会 その大会で引退しよう そう決意しました。 「右膝よあと少しだから耐えてくれ」 大会で敗れ俺は泣きました。
「右膝よ今まで俺のわがまま聞いてくれてありがとう。もう明日から楽になれるよ」 と問い掛けたら、右膝は「諦めるんですか?自分は大丈夫ですよ」と とうに限界を越えているのに… 膝が完治したらまたサッカーやるさ! で、今に至る。 今は肉屋 完治してるのにサッカーやってねぇじゃん(笑) でもサッカーをやっていて良かったと思う今日この頃でした。
それでもレギュラーの座は誰にも渡しませんでした。
他のフィールドプレーヤーと違い、髪の毛から足の爪先まで全て武器 俺さえ抜かれなければ失点はないし、負けもない。 そんな思いで、また2つ上の先輩が 清水エスパルスに入団し、活躍した。 それに続けと頑張ってきた… が 右膝は限界 就活でもサッカーが出来る環境の就職先は見つけられませんでした。 高校最後の大会 その大会で引退しよう そう決意しました。 「右膝よあと少しだから耐えてくれ」 大会で敗れ俺は泣きました。
「右膝よ今まで俺のわがまま聞いてくれてありがとう。もう明日から楽になれるよ」 と問い掛けたら、右膝は「諦めるんですか?自分は大丈夫ですよ」と とうに限界を越えているのに… 膝が完治したらまたサッカーやるさ! で、今に至る。 今は肉屋 完治してるのにサッカーやってねぇじゃん(笑) でもサッカーをやっていて良かったと思う今日この頃でした。