29. 新スピーカーで聴いたWOOD | BACKUP 2024

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備忘録

 

 

 

そうこうするうちに、とうとう新スピーカーがやって来た。
先ず第一陣として山本音工の木製ホーンが、組立の前日に到着したのだった。
大きな段ボール箱が二つ。
S急便が荷物を置いて引き揚げていった。
居間に置かれた段ボール箱は大変重く、私一人の力で動かすことは困難だった。
明日まではこのままにしておくしかない。

この大きな木製のホーンから、いったいどのような素晴らしい音が出るのであろう。
私は遠足前夜の小学生のように明日が待ち遠しく、まだ音の出ないホーンが入った箱を眺めてニヤニヤしていたのである。
ところがふと気付けば、一つの箱に直径2センチほどの穴があいているではないか。
嫌な予感がした私はA店のKさんに報告を入れた。
Kさん早速やってきて箱を開け、中を確認したところ、ああ、何ということだろう、何かが段ボールを貫通し、本体に傷をつけていたのだ。
Kさん、慌てて運送屋に連絡を入れ、続いて山本音工にも電話を入れる。

S急便の担当者がやって来た。
どうやら保険で処理をする事になるらしかった。
私は何と言ったら良いかわからず、茫然としていた。
私の心中を察したKさん、大丈夫です、保険できちんとできますと、しきりに慰めるのであった。

翌日は朝から組み立て作業である。
専門の作業員の方を二人と、A店のKさん、それにSさんがみえて、計4人での作業である。
まず、タテマツ製のウーファーボックスが搬入された。
それを平らに寝かせ、エール音響の15インチウーファー二発を取り付ける。
これが容易ではない。
何しろ一発40キロの重量だ。
手をかけるような所がどこにもないので、Sさんは見たこともないピチピチのゴム手袋をして歯を食いしばり作業を進める。
私は邪魔にならないよう離れた所から、祈るような気持ちで作業を見つめるだけである。

ここで大きな問題が持ち上がった。
タテマツがウーファー固定用に付けてきたボルトが、短くてまったく用をなさないのだ。
何という事だタテマツ、図面をひき、全て計算したのではないのか。
Sさん、唖然とした様子だが、いつまでもそうしてはいられない。
ひとっ走り買って来ますと出て行かれた。

暫くしてSさんは同じ種類の長いボルトを調達して戻って来た。
一発8本、全部で32本のボルトを近くのホーマックで見つけたというのである。
ホーマックを疑う訳ではないが、見た目が似ていても質は問題ないのだろうか。
いや、疑ってもしょうがない。
ホーマックのボルトでウーファーを留めるしかないのだ。

やがてウーファーの取付けが終わり、男四人でそれを起こしにかかる。
大丈夫か?私に出来る事は何一つない。
続いて山本音工のホーンに、ドライバーJBL2441が取付けられる。ホーンの傷が痛々しい。
今度はそれを四人で担ぎ上げ、タテマツボックスの上に乗せるのである。
ここで気付いた。恐れていた事であるが、特注した筈の色合わせが全く合っていないのだ。
ホーンの色が明らかにずっと濃い。
それをKさんに言った。もちろんKさんもそれには気付いていた。
「これは不幸中の幸いというやつです。保険で左右とも作り直しになりますから、次は色を合わせるように良く言います」
そうだろうか。
本当に大丈夫なんだろうか。

この時点でとうに昼をまわっているが、時間を惜しむように昼休みなしで作業が続く。
もっとも私は、食欲などどこかに置き忘れてしまっているから、昼抜きに何の問題もなかった。
最後の重量物、エール音響のツィーターを木製ホーンの上に乗せた。
ここで作業員の方二人を帰し、後はKさんSさん二人の仕事である。

結線が終わり、音を出せる状態になったのは3時過ぎの事だった。
Kさんが厳かに言う。
「アンプの電源を入れてください」
私は黙って頷くと、この日唯一の仕事である電源を入れた。

ここからKさんとSさん、持参のCDを取っ換え引っ換えチャンネルデバイダーの調整が始まった。
音は確かに出ている。
だが、それが良い音かそうでないのか、この段階ではまだ私には判らない。
二人が私の全く知らないクラシックのソフトを使って調整していたからだ。
無言の時間が流れていた。私は息を詰め、二人の作業を注視していた。

どうも様子がおかしい。
二人で首を傾げているのだ。
次第に何かブツブツ言い始める。
曰く、ウーファーが動かない。曰く、洞窟で鳴っているようだ・・・
おいおい、それはないだろうと思ったが、私の耳も期待していたものとは大分違うのではないかと感じていた。

6時を回った頃だった。
Kさんは言った。
「初日ですし、まだ硬いのでしょう。このまま鳴らして下さい。明日また来ます」
そうして二人は帰っていかれた。

私はほとんど何もしていないのだが、なんだかぐったりと疲れていた。
そして相当に落胆していた。
一人になって本作を聴いてみる。
4344でも良く鳴っていた数少ないCDの一つである。
明らかに低音の質が悪い。
高域はモヤモヤしている。
どうしよう、エラいことになったのではないのか。
ベーシスト、ブライアン・ブロンバーグが泣いているようだった。