強いこだわりと夏休みのルーティン | 摂食障害とうまく付き合いながら生きていく

摂食障害とうまく付き合いながら生きていく

中学生の時、神経性食欲不振症と診断され、その後、山あり谷あり、現在は、一見完治したかのような日々

ですが、食のこだわりあり。なんで私はこうなった?と思うこと時々。
摂食障害について考えようと思って書いています、もうアラフォーです、いやアラフィフか。

今日は仕事が休みでした

 

テスト休みの娘と私、母と3人で

 

ご飯を食べに行きました

 

父は誘っていません

いろいろうるさいので。

 

あれこれたのんで美味しくて、

 

食べきれるかねえ?とか言いながら

 

最後まで美味しくいただきました

 

娘が「ばあばは変わってるけど

結構筋の通ったことを言うよね」

「ママはしっかりしてて優しいけど

結構厳しいよね」

 

など、ずばりと?勝手なことを言って

 

ひたすらしゃべっていました・・

 

楽しかったです

 

母とはしょっちゅう会っていますが

 

父とはいろいろありすぎて疎遠気味です

 

・・・・・・

 

私は小学校から中1まで

とある習い事をしていました

 

かなり上達したところでやめました

 

中2になって結構痩せてしまってから

 

挨拶にいったので

 

教室の先生は驚いたんじゃないかなと

思います

 

先生はうちに電話をしてきて

 

私を食事に誘ってくれました

 

スペイン料理でした

 

うれしかったけど、たくさんは食べられません

 

たくさん食べようとしても、

 

お皿に盛られたオムレツで

 

おなかがいっぱいでした

 

ジュースのせいもあったかも

 

先生は「たくさん食べないと」

 

といってお皿に盛り付けてくれます

 

だけど、もうおなかがいっぱいで。

 

食べないことに慣れていたせいで

 

急に食べようとしても

 

食べられなくなっていることに気づきました

 

そしたら先生が

 

「運動をするとおなかがすくから

今度、山登りにいきましょう」

 

と今度は山登りに誘ってくれました

 

おなかがすけば食べられるかも

 

と思ったので、倒れそうな体重なのに

 

しかも暑いのに、山登りにいきました

 

そしたら、確かにおなかがすいて

 

いつもより食べることができました

 

体重激減で迎えた夏休み

 

私は、山登りや運動にはまります

 

運動をすれば食べられる

 

という理論が成立して

 

どんどん運動をしていきました

 

だけど、こだわりが消えませんでした

 

1日1000キロカロリールールは

 

守らねばならなかったんです

 

その上に、運動はここからここまで

 

というルールを作りました

 

それらを

守らないと気持ち悪い

 

強いこだわりを持って

 

夏休み1日も欠かすことなく

 

ルールを守っていました

 

何を食べていたかは思い出せませんが

 

きれいな筋肉をつけるためには

 

たんぱく質がいい、という知識も仕入れて

 

豚ひれ肉や、ゆでたまご、

まぐろ、レバー

 

そんなものを食べてたと思います

 

運動は近所の建物の1階から5階までの階段を

行ったり来たり

 

ついに我が家の体重計が壊れてしまったので

 

体重は測りませんでした

 

私はルーティンをこなし

勉強と自由研究もこなし

 

達成感があって割と充実してたと記憶しています

 

夏休みが終わるとき学校に行きたくない

と思いました

 

休み明けの学校の体重測定

 

なんと31キロにまで減っていました

 

さすがにまずいと自分でも思ったのですが

 

この時は誰も

 

拒食症という言葉を知りませんでした

 

学校の先生にもその知識なかったと思われます

 

母が学校から電話を受けて

 

まずは近くの大き目の病院へ行きました