フリーダイビング その4 「遊びと競技について」
フリーダイビングをする人ってどんな人なんだろうか?
自分を含めて、解っている様で解ってない。
なんでそう考えるかというと、このスポーツに限って、なんか競技性が高い様に思われるからだ。
水泳で競技をしている人はごくごくわずかだと思う。
一般には健康作りというカテゴリーの要素が多いからかも知れない。
登山も以前に例を挙げたが、自然を楽しむ要素が大きい。
フリーダイビングは海と自分との対峙であり、けっして他人との競争ではないと言われるが、
それを悟って語るのは一定のレベルに達して、評価を受けた人たちの言葉であると思える。
他人を分析するより自分を分析する方が、解りやすい。
・なんでも自分はちょっと他人と違うと思っている。 (実際、よく普通じゃないと言われる)
・大した実力が有るわけではないが、一角の人物と言われみたい。(一番でいたい)
・なによりロマンチストである。(夢を追いかける傾向有り)
・感じることを何らかの方法で表現するのが好きである。(文書や写真発信したい!)
・一つのことに夢中になると他が見えなくなる傾向にある。(FDにハマる!)
・孤独を愛している傾向にある。(水中は一人の時間)
・とはいえ、皆の中ではちょっと目立ちたくて音頭取りもする。(表彰台に立ちたい!?)
・人ごみより、自然が好き。(地球って!なんて考える)
・ちょっと哲学的に考えることが多い。(ほんとに?)
と 自分を分析してみたが、フリーダイビングにつながる要素が結構あるのでは?
と思った。
話を戻すが、そういう人たちが集まっていると、競技要素が高まるのではないだろうか?
あるいは、競技ばかり追いかけているから、そうなのか?
実際毎年200人毎増えるFD人口といっても沖縄大会に出てくる新人は10人位だし、
ほとんどが10年来のベテランである事を考えると、考えすぎなのかも知れない。
競技をしたくて参加しているわけではない。 とも考えられる。
つまり安全に自己ベストをだすためには年1回の競技しかチャンスがないのだという人が
いる事も事実だと思う。
もっと、カウンターバランス等を備えた万全なサポート練習会の機会が多くあれば、競技に
出席しなくとも自分が納得できる遊びとしてのフリーダイビングが出来るのではないか?
自己ベストやトライなくして、フリーダイビングはない。
ともいえるし、 いや海に溶けるような泳ぎが出来ればそれで十分だとも言える。
人口が増えるに従ってトップ選手はあくまでも数人に限られるわけで、1%以下であり、
それ以外の大部分の人たちがメダルの為ではなくて自分自身や自然との融合の為に
潜るなら、それはもっと素晴らしいことだと思う。