2014.6.14@潮来 ショウ君とちえさんのお話会「私って何だろう?」に参加して来ました。

その前に、はるちゃんのランチも美味しく頂きました。

5月に出た時は、霊性の開花講座受ける前だったし、被害者意識全開だったので、お話が頭では理解出きるけど、腹で納得する事ができませんでした。

今回は、よく理解も納得も出来たと思います。

特に、言葉の意味づけでは、あれほど嫌悪感を抱いていた「責任」と言う言葉に、嘘のように反応しなくなりました。ビフォーアフターぐらいハッキリ表れて、自分でも驚きです。


ショウ君とちえさんが、10名以上の参加者のリーディングを一人づつしているとき、私も近くでリーディングの練習をしました。あってるかどうかの確認も出来て、良かったです。

自分のリーディングの傾向が掴めました。私と同じくおおざっぱなくくりで、ボーンと出て来ます。色も音も無しです。

私のリーディングの順番が来たので、自分の悩み事ではなく、ある事件の事をリーディングして貰いました。

二歳の幼児を二人の少年が惨殺すると言うイギリスで起きた事件です。

自分でもリーディングしてみたんですが、誰かが誰かを追いかけていることしか分かりませんでした。そして、世論の「幼児が可哀想」「二人の少年への怒り」では、真実を見ていないのではないかと言う疑問しか残りませんでした。

ちえさんのリーディングでは、その事件はカルマの解消として起きていると言うことでした。

ショウ君のリーディングでは、アウシュビッツで、二人の兄弟(双子)を拷問虐殺した、将校のカルマの解消でした。

こうした一見すると社会問題的な事件もリーディングすると自分の撒いた種を自分で刈り取る的な、自業自得な事があって、私たちは、いったい何を見れば良いのですか?となってしまいます。

二歳の幼児を哀れむのか?二人の少年へ怒りをぶつけるのか?その気持ちは、無意味なものとなるのではないか?あ~(@_@)分からない!

集合意識に対して、それって違うよね?って堂々と言って良いってことかな?集合意識に飲まれるなってことかな?あ~(@_@)分からない。

集合意識で行った行為の清算は、集合意識で返すのか?集合意識に簡単に加わることの功罪とか?あ~(@_@)分からない。







あ~(@_@)分からない



白い猫のお腹をトトロに見れれば、あなたも霊性を開花出来る?!

※画像と画像下のコメントは、本文とは一切関係有りません。(笑)



2014.5.31、霊性の開花講座なるものを受けました。

感想は、私にも過去世が見れるんだ~(@_@)です。

おぼつかないけれど、そして見ると言うよりは、考えて絞り出す感じですが、今まで物事についてあーだこーだ考えているのと同じ感覚なので、これって思考なんじゃないの?と思ったんですが、私の見た過去世はあっているそうです。

その場で、まきさんが正誤を判定してくれるので、話が早かったです。これ、自分でやってると、合ってるのか間違っているのか判断がつかなくて、そのうち飽きて止めちゃうパターンが多かったです。

この、正誤の判定も、キネシオロジーやオーリングテスト、ペンデュラムによるダウンジングで出来るので、色々削ぎ落として、正確な判定が出るように精進ですな。


以下は、霊性開花講座を受けるに当たって、まきさんが見てくれた私の過去世です。

王女です。国を平和に統治して、安らかに人生を終わりました。なんの反省点もなかったのに、王女は死んでから、自分の家臣が粛正(厳しく罪を取り締まること)し、罪人を罰していたことを知りました。このことをはかなんでしまったようです。この為に、なかなか今世でやりたいことが出来なくなっていたようです。

粛正で処罰を与えられた罪人(自業自得の人)さえも、許したいというのは、傲慢でした。私の手の届く範疇の事以外は、神に任せておけば良いのでした。

それに、私には出来ないこと(極刑など)を代わりに的確に裁いて内密に執り行っていた家臣は、有能だなぁと思いました。後日、この家臣は、今のパパなんじゃないかと思いました。

私は、私がしなくて良いことを出来なかったとはかなみ、悔しがって、無能だと自己否定して、踏みとどまっていました。それ、最初からしなくて良いんですって、話でした。

その後、自分のハイヤーセルフに会いに行きました。どんな人?慈悲深いって出たので、聖母マリア様みたいな人!と答えました。これもあってるそうです。

今後、どのようにしたらいいかを聞いてみてと言われて、聞いたら、「コミュニケーションを良く取れ」って言われた。これもあってるそうです。

一般的なコミュニケーションとるの苦手です。できれば、話さなくても通じあえるのが、良いです。言葉はいくらでもうそつけるし。話せない方が、気持ちを汲んであげることができるし。

が、しかし、そうも言ってられないんです。きっと、私の出来るコミュニケーションっていうのは、社交的な明るい人がしているようなコミュニケーションでは無いと思うのです。それしたら、不審者っていうか、私で無くなってしまうから。自分の気持ちを自分の言葉で伝えると言うコミュニケーションが、きっと、出来るようになります。(言い切っとこう!)





黒い猫の名前のクロ率は何パーセントだろうか?
※これまた画像と画像下のコメントは一切本文と関係有りません。(笑)


















2014年2月の二回目の大雪で、トマトのビニールハウスが全壊してしまいました。

悔しいとか、悲しいとか怒りとか沸いてこない自分は、なんなんだろうと思っていましたが、雪や雪かきで中断していたお詣りを再開して、若宮八幡をお詣りしているとき、なんだか、命が有っただけ良かったな~と泣けてきました。
そうだ、私は悲しくて泣いたりするのはおかしいと思っていた。(なんかの歌詞にあった?)感動の涙を流すのが好きなのだ。
自然は厳しい。待った無しだ。無差別だし、無情だ。
自然は、人が作り出したものも、自ら作り出したものも、破壊していく。
生き残ったものが、また、自然と共に再生と創造、破壊を繰り返す。

タイムリーに、まきさんの裏の世界の構造のお話会の最終章(第三部)を聞く機会を得た。

裏世界の18番目に自然界と言う世界が有るという。良くも悪くも、自然に与えたものをそのまま返してくれる。自然災害は、私達が自然破壊をしていることを知らしめていると言う。なにもしていないのに、自然災害に逢うと言うことは無いのだ。私もビニールハウスの暖房機は自然破壊しているなと思う。そして、人間が自然に関して、想定出来ると思っていることが、想定外の出来事(自然災害)を引き起こしていると言う。

この自然界の卒業条件は、想定出来ないことが起こりうる事に気づくこと。

自分の出したエネルギーを自分が受け取ると同時に、他人の出したエネルギーをも、受け取らざるを得ない事があるということ。

万全の危機管理は、有り得ない。