我が子の洗礼を見るというのは、なんとも言えない思いがあります。信仰告白というよりも、それ自体がひとつの説教のように語られるというのが不思議でした。まるで私自身の語り口調のコピーのようでもあり、しばらく気恥ずかしい気持ちで聞いておりました。
中学生とは思えない堂々とした語りで、アドリブも交え、だからこそまた心のこもった話だったと思いましたが、「僕が今この教会に導かれていること自体が、……僕がこの家族の中に生まれたことから、全てが神さまの導きである、何よりの証拠です」には、さすがにうるっときました。キリスト者の親として、これほどうれしい言葉はない、と気づかされました。
あたたかく見守り、励まし、支えてくれた若い仲間たちに、深く感謝します。もちろん、これを見届けてくれたすべての神の家族の皆さまにも。
母親にとっても、最高の母の日となりました。
準備会のために何度も我が家まで足を運んでくださった牧師。何を尋ねても、自分の考えからではなく、聖書にはこう書いてある、と答えてくれたことが、息子にはたまらなくうれしかったそうです。
さあ、いまここから君と、神さまとの豊かな歩みが始まります。