今日から、2017年のアドヴェントの期間(待降節などと訳す)に入りました。
クリスマスが、イエスの誕生日だというわけでないことは、すでに常識となっていますが、イエスがこの世に生まれたということを記念する機会として祝うという理解で祝っていると考えましょうか。受肉という語で取り沙汰されますが、神が人となられた、という信じられないような出来事をそれは意味します。よく、復活が信じられないと言われますが、考えてみれば、神が人となるということのほうが、よほど信じられないようなものではないでしょうか。
いえ、神は全能だから人にだってなれるでしょう? おやおや、それはもうすでに信仰の域に入っていますね。世の人々がそのように答えてくれたら、もう拍手喝采です。但し、気をつけなければならないのは、日本では偉人を「神」と呼ぶ点です。ネットでもスポーツでも、「神」という語が乱れ飛びますし、○○の神様、という言い方は普通に通ります。果たして聖書の訳で「God(等)」が「神」でよかったのかどうか、も問われることになるでしょう。
それはともかく、その神を「待つ」思いを、約一カ月にわたり抱き続けてその「時」を見つめる期間として、かなり古い時代から、設定されていたと見られているのが、アドヴェントです。キリストの「到来」を意味する語からそういうラテン語で呼ばれるようになりました。興味をお持ちになった方は、いろいろ調べてみてください。
(続く)