申命記15:7-11
相続の土地として神が与えるその土地で、あなたを主は必ず祝福される、そのように告げながら、一方では、町に貧しい同胞が一人でもいるならば、と規定するのは、矛盾ではないでしょうか。ありえない仮定ならば、そもそもそのような規定は不要なのです。いえ、もちろん現実にはいるのです。しかも、貧しい同胞は一人どころか、たくさんいるのです。しかし、誰も助けないというあり方が常態化しているのです。律法とは、基本的に、それがなされていないから規定するのですから。
私たちは、貧しい者に心を開かない。手も開かない。手も、心も閉ざしています。この申命記15章は、七年目の負債免除の説明から始まっていました。七年目云々を逆手にとり、免除の年が近いから貸し渋るという事態を指摘するのでした。それは主の前に罪なのです、と。それは施しなのかもしれませんが、申命記はむしろそれを命じます。
申命記は、バビロン捕囚を経てまとめられたのではないかという説が一般的です。だとしても、バビロン捕囚の後に初めてつくられたかどうかは分かりません。イスラエルに元来そのような伝統があって、そもそもそういう文化であったのだと理解することは決して無理な想像ではないでしょう。施すときに未練が残るのが人というものです。けれども、主の祝福がある。これを信じる者は幸いである。こうした呼びかけが、共助の精神を育んでいたのかもしれません。
律法はさらに、この国から貧しい者がいなくなることはないであろう、と述べています。こうなるとますます、訳が分からなくなります。神はあなたを祝福する。貧しい者はいなくなる。一人でもいるならば。いなくなることはない。猫の目のように背景が変わります。しかし、このような変化は、商慣習にあったと思われます。アブラハムがサラを葬る土地を求めるとき、ヘト人がまるで無料で提供しているかのように見えるのは、もちろん慣習でしょう。ただでさえ外国人に土地の権利を渡すことは難しい中で、むしろ金で解決してやろうという好意があったわけで、商交渉の常識のひとつが描かれているのではないでしょうか。
ここでの律法規定は、結局、貧しい者に手と心を開け、つまり実際に助けよと命じているだけのことなのです。なんだ、それだけの道徳なのか。そう読むこともできます。しかし、キリスト者は、聖書という神のことばの中に方でした。開いたばかりか、その命さえ惜しまなかったのでした。救われなければならない者は、まだいます。なくなることはありません。私たちはイエスに倣うよう、その世界にいま置かれています。手と心を開くのは、続いて私たち、そして私であるのです。