タバコには、ずいぶん危険な目に遭わされています。歩行喫煙(歩きタバコ)はひとの服を焦がしたり、煙を否応なくひとに吸わせたりします。特急列車で禁煙席を予約したら、その前の席までは喫煙席で、もうもうと煙が来ることがありました。そのころ小さかった息子は喘息を患っており、国指定の治療を受けているほどでしたが、指定席ですので動けず(すぐに乗務員に席を換えてもらいました)、その煙のために発作が起き、元の肺に戻るまで全治一カ月を要しました。
愚行権という言葉があります。どんなに愚かなことであっても、本人が承知で自分に悪影響をもたらすだけであるならば、他人が強制的にお節介をするわけにはゆかない、という考え方です。どうやら喫煙者の中には、これを勘違いしている人がいて、自分の健康は自分の問題だから、タバコを禁ずるのは人権侵害だ、なんで肩身の狭い思いをしなければならないのか、最近は街でもどこでもタバコを否定するのはハラスメントだ、などという発言を聞くことがあります。あるいは、実際そのように私に対してぶちまけた人もいました。
ご自分が不健康になるのは、実は健康な人の保険料を上げるなどし、タバコのためのインフラなども含めて、経済的にも迷惑をかけることがあります。タバコで税に貢献している、などというレベルではありません。タバコが多くの火災を招いたとしても、運転中のタバコが事故を呼んでも、それをとやかく言っているのではないのです。
問題は、他者に危害を与えている、という厳然たる事実です。アレルギー因の食物を無理に患者に食べさせることは殺人行為となりますが、タバコの煙を、他人一般に吸わせるならば、ある人に対しては殺人または傷害行為であるということは、確かな事実であるということを常識とする必要があると思うのです。
タバコを吸いたい人に、吸ってはいけない、とは申しません。権利だといえばその通りです。しかし、ひとに危害を与える権利はないはずです。「禁煙」という言葉だと、権利を侵害されるような感覚をお持ちの方がいらっしゃるかもしれませんが、命を脅かす暴力を振るうことだけは、やめて戴けないでしょうか。