1989年2月9日、今の時代の感覚からすればわずか60年の生涯を駆け抜け、マンガを文化にしたとも言える手塚治虫が亡くなりました。巷では平成に変わったばかりでしたが、私にはそれ以上に、ひとつの時代が終わったと思う日でした。1993年、そのお嬢さんであるるみ子さんが、この本を出しました。すみません、その時にはこの本を読んでいませんでした。2017年2月、少し増補して改めてこの本が出版されました。私はここで触れ、読んで、泣きました。
父との関わりをエッセイの形で綴り、並べられていくと、さながらひとつの家族小説が出来上がるように見えました。娘としての心を存分に描き、そこから父・手塚治虫の姿が伝えられていくことにもなりました。
自分の幼い頃に始まり、だんだんと、時は1989年2月に近づいていきます。時間の流れが突如ゆっくりになります。読む方にも、覚悟がないといけなくなります。終わりの百頁がそのことに費やされていました。一人のひとの死を、これほどまでに克明に描写した文章が、かつてあっただろうか、と私は思いました。
これは、福音書の流れと似ています。教会では春に、十字架と復活を特に覚える時期を迎えます。すでに今年はレントという、40日余りの期間に入っています。キリスト者は、結末を知ってはいるものの、覚悟しつつ読み進んでいく気持ちで聖書に向かうことだろうと思います。そして、その中から何かを教えられ、力を与えられていくのです。
手塚るみ子さん。いま計算すると、この7年間、一日平均14ほどのツイートを発信し続けている方ですが、目の付け所がすばらしいといつも思っていました。それにも増して、この本を読み、実に文章が巧いとしみじみ思いました。見事な文章です。いくら速く読んでも全部頭に入ってきます。また、言わずして心を存分に伝えるという業をもち、文章末の余韻を味わわせてくれます。こんなふうに書けたらいいなぁと私は憧れさえ抱くのでした。