戦争と対立する概念として平和があるとしたら、その平和は時として、戦争によって実現しようとする事態を呼び起こします。これは従来の平和概念にありがちな構図でした。力ずくで悪を抑えることにより、平和を実現しよう、と。ローマの平和は、この理念の基になされました。それが現代でも変わらないままであることを見るのは難しくありません。
クリスマス物語のヘロデが得ようとした平和(平安)は、自分以外の敵を潰す戦争を起こすものでした。戦争は、つねに自己を正義とする前提から始まり、自己を例外とするものです。つまり、私は正しい、だから私だけは相手を殺してよいのだ、という論理です。
平和の逆は戦争というものではないでしょう。「私が」と、私を主体とするか、「私のために」と、私を目的とするか、こうしたことが、平和の対極の基底にあるのではないでしょうか。しかし、このクリスマス。キリストが来る。そして私の中に生まれる。これが、「私が」と「私のために」を駆逐します。平和の原理の世界が私を包み込むようになる第一歩となります。
(続く)