いつものように、
朝早くに静かなところで
イエスは祈った。
 
父なる神に向かって、
その心が開かれていた。
跪くというのは、
父を崇める姿勢であろう。
 
一日の始まりは聖別された時として用いる。
他の何よりも先んじて確保されたものであった。
 
祈ることを教えてください、
と願った弟子たちの求めに応じて、
イエスは祈りを示したが、
それは人の立場に徹底的に視座を構えたものだった。
人がどう祈るものか、
人は神をどう見上げ、願うのか、
たしかに見事に教えるものだった。
 
私たちは、地べたを這う。
人間はそのような存在である。
だが、天に、主に向けて貫かれた杭が、
天から降りてきた。
 
そこにすがることで、
天につながっている者と認められる。
その杭に滴る血で記されたものが、聖書である。
その聖書から、日々、声を聴く。