熊本で震度4の地震がまだ起こってくる。
これは心配だ。
震度が大きいから、というだけの理由ではない。
震度1でも、家はぺしゃんこに壊れる可能性があるからだ。
まさか1で、という気はするかもしれないが、
いまなんとか立つには立っている、
そういう家も実はある。
大きな地震で壊れても仕方のなかったような建物が、
どういうわけかなんとかバランス保って潰れていない、
そういう建物があったとすると、
次の震度1でも、
その瞬間にドンと壊れることがあるのだ。
そればかりではない。
大きなトラックが近くの道を通ったがために、
潰れるということもあるのだ。
確かに、道路の振動のほうが、
震度1よりもっとあるかもしれない。
ラクダの背を折るわらしべの話がある。
重い荷物を積んでも持ち堪えていたらくだが、
最後に藁を載せたときに潰れたというのだ。
その藁が原因と言えば原因なのだが、
もちろん藁一本で潰れたわけではない。
何が原因で?
そんな訊き方を、私たちは人の行動について尋ねる。
しかし、その人とて、原因を明確に述べられるとは限らない。
むしろ、人の行動など、
これが原因です、と理科のテストの解答のように
書けるわけがないではないか。
時として、その行動の後に起こった出来事や事態が、
その行動の原因である、というような場合もありうるのだ。
地震で傷ついた人々の心は、
地震が原因であるとは限らない。
地震の後に起きた偏見や冷たい態度、
政治的な状況など、
地震の後のものが原因で、
地震で傷ついたということも大いにあるだろう。
まだ終わってなどいない。
今日の小さな揺れで、
だめになってしまう建物や、心もあるかもしれない。