不摂生というのもあるが、
歯茎が痛くなった。
このやばさは、自分でも分かる。
十年近く前にもあった。
そこでちょっと治療して、
よくなったので油断していたのだ。
 
やはり、たまらない。
同じ歯科に行くと、
案の定、その手の診断で、
抗生剤をもらうことになった。
また、口中をきれいにしてもらうこととなった。
 
かなり気恥ずかしいものである。
と同時に、
若い女性の歯科衛生士が、
実に丁寧に処置してくれるのに驚くのだった。
 
あらゆる医療がそうだが、
人間の醜いところや汚いところを
手を触れて治療のために尽力する。
人体を扱う以上、
傷つけたりしてはならないということで、
本当に丁寧に扱ってくれる。
 
イエス・キリストは、
触ると汚れると規定されていた病人にも、
手を触れて患部を癒したという。
時にことばをかけて癒した記録もあるが、
触れていないとは書かれていない。
また、明らかに触れた記事もたくさんある。
 
どんなに患者はうれしかったことだろう。
また、どんなにそれをするのに勇気が必要で、
また献身的な思いでしたことだろうかと思う。

弱い立場にならないと、
こうした業の意味が実感できないのが、
人間の浅はかさでもあるが、
痛いからこそその体が自分の一部であると意識するなど、
この病から知ること、気づくことは数多い。
 
抗生剤がその後効いてきた。