これを機会に、皇位継承についても
かつて深刻に考えられていた問題を結びつけるとよいのではないか。
天皇制を存続させるというのであれば、
それは懸案のまま決して楽観視できない状況であることは明白である。

すなわち、この退位問題とともに、
たとえば女性天皇のことも検討すべきではないのか。

時同じくして、カトリック教会の世界では、
女性司祭を認めるかどうかという点について、
歴史的な変更が行われていく方向で話が進められている。
急にそうはできないと言って、
他の助祭などの立場から女性を登用してよいことにすれば、
そんな意見もあるという。

天皇のこの、理解してほしい願いは、
分かりやすい言葉で、伝わりやすいものに満ちていた。
戦後教育を日ごろ蔑んでいる新聞社は、
天皇の受けた教育とこうした考え方を
見下していることになってしまわないか。
いまのところそれを認めたような動きはないようだが。
あるいは、気づいていないのかもしれない。
また、論点を逸らして、
天皇を持ち上げるか、路線修正させようとしているか、
そんな方向で動いているのかもしれない。

いずれにしても、
これを政治的とするならばそれもひとつなのだろうが、
都合の良いときだけ政治的であるとかないとか周囲が決めるのではなく、
「象徴」が自らに対して言い放ったこととして、
自己言及ができるかどうかなどといった哲学的な問いなども思い浮かべつつ、
私たちは「象徴」とか「職務」とかいう言葉について、
そしてその象徴の基である「国」というものについて、
学び直すことが、私たちには必要なのではないかと思われる。