三寒四温という言葉にあるように、
寒気と暖気が交互に訪れつつも、
次第に暖気の勢力が増してくる。
花や虫は正直に、日照と気温をわがものとしつつ、
いきいきと活動を始める。

人も、かつては暗黒の冬を越えて、
春に動き始めていたものだろう。
尤も、いまこの時期ということは、
北半球の四季をもつ地域ではあろうが。

朝三暮四という言葉は、
ひとを猿に喩えるような、
失礼な言葉であるかもしれないが、
give and takeのようにも見えながら、
その実搾取されているという有様を表す。
朝四暮三とも言う。

再三再四、幾度でも。
何度も、くどくどと、というニュアンスを呈す。

三月と四月との間には、
大きな溝があるようだ。
段ボールやテープなどが店に積まれ、
引越の必要に応えようとしている。
「年度」が変わることについて、私たちは平然としているが、
月や年の区切りとしては数字が気持ち悪い。

だがまた、なぜ1月が1月であるのかと訊かれれば、
これがまたよく分からない。

数字の入る慣用句を、
受験生だけの関心事とするのはもったいない。