あの日も、金曜日だった。
よく覚えている。
午後2時46分の地震速報は、深刻だった。
やがて津波が来ると報じられた。
海岸を走る車が、上空からの映像で見えた。
「早く逃げろ」と思わず叫んだ。

今年も、その日が来た。
5年目という区切りを思うのか、
報道機関の取り上げ方は去年よりたぶん大きい。
そして2:46を以て、黙祷が行われるというし、
追悼式が開かれる。

それはそれでいい。

だが、ほんとうに2:46なのだろうか。

津波はそれより遅い。
また、その時刻も地域や人により様々だ。

目の前で、人を助けられなかったことで
心に疵や負い目を負った人、
それは消えるものではない。
肉親の手を離してしまったことで、
震災のことについて口を開けなかった人、
語ってくださったことで、こちらも泣くしかない。

その人にとり、その「時」がある。
全員が一律に2:46なのではない。
それは、終戦もそうだろう。
8月15日が天皇祭司の象徴であるように、
2:46を為政者の思惑のために用いられてはならない。

ひとりひとり、その「時」があり、
その「場面」がある。
ひとりひとりの「悲しみ」や「重荷」があり、
直接それを受けていない私たちには、
そのひとつひとつを受けとめる思いと祈りが必要とされる。

心をそのそばに、少しでも近寄らせて戴きたい。
こんな分際で言うべきことではないが、
何かのときには、きっと味方になりたいがゆえに。