中学校の理科の話。

電流を作るという文明は、
ボルタの電池で可能になったが、
その電流の流れる近辺で
磁針が揺れることに気づいたエルステッドが、
電流と磁力との関係について調べ始めて
画期的なことが明らかになった。
これが基で、磁石により電流を生むことが可能になった。

方位磁針は、およそ北方を指す。
地球全体がゆるやかな磁界を形成しているからだ。
磁針は、向くべき方角を知っている。

だが、その近くに電流が流れると、
その指向性は乱される。
右ねじの法則、あるいは
フレミングの左手の法則により、
受ける力の方向が理解できるのだが、
とにかく、発生した磁界が、磁針の指す方位を曲げる。

私たちは、元来
指すべき北の方向を持っていたのかもしれない。
その周囲に流れる電流がそれを見出し、
別の方向を指すようになったとき、
見える視界は違ってくる。
もしもそれをコンパスとして進み行けば、
あらぬ結果をもたらすこととなる。

こうしてたとえるならば、
電流が罪ということか。
自分では、正しい方角を目指している、と信じこむが、
実は曲げられているのである。

俺は酔ってなどいない、と
千鳥足で歩み、あるいは車を運転し、
不幸なことを起こすのと似ているだろうか。
薬剤により、そうなる例も私たちは知っている。
判断基準自体が乱れていることに、
判断主体は気づくことは難しいのである。